国民の幸福を祈り、悲しみに寄り添いながら、昭和から平成と伝統と革新の歩みで邁進されてきた上皇陛下の傍らには、いつも皇后として支え続けた美智子さまがいらした。ご成婚後、60年に及ぶお二人の道のりをたどりたい。
「とっても、よいお花ね」
電話口から聞こえてきた美智子さまの嬉しそうな声に、美智子さまと文学を通じて30年以上の親交のある絵本編集者の末盛千枝子さん(78)もまたほほ笑んでいた。花とは、末盛さんが御所に持って行ったリンドウのことだ。
そんな、素朴で清楚な、青紫の一輪の花にも心寄せる美智子さまをバッシングが襲ったことがあった。皇后となってから5年目の10月、心ない批判報道によるストレスで倒れ、59歳の誕生日にお声を失われる。
末盛さんが、葉山の御用邸に見舞った時のことだ。
「あまりにおつらそうなご様子に、つい、『専門家の助けを借りることはできませんか』と、口にしてしまいました」
すると、美智子さまは、かすかに聞き取れるかどうかの声で、
「お医者さまには守秘義務があるとしてもね、すべてを出さないと(カウンセリングが)成り立たないから、それはできないのよ」
それから、さらに声を絞り出すようにして、『でんでんむしのかなしみ』の話をしたのだった。誰の背中にも悲しみがいっぱい詰まっているという、この新美南吉の童話を初めて聞かされながら、末盛さんは思った。
「この方は、これほどの苦難さえ、お小さいころに聞いた物語で乗り越えようとなさっている」
5年後、美智子さまは、インドのニューデリーで行われたIBBY(国際児童図書評議会)の世界大会で、この『でんでんむしのかなしみ』の話を柱としたビデオによる基調講演を行い、世界中に子供時代の読書の大切さを伝え、やがてそれが『橋をかける』という一冊の本に結実する。
この本を製作する過程では、こんな場面もあった。
「私たち、同じ本を持っているのね」
偶然、編集を担当した末盛さんと同じ書籍を持っていることを知り、嬉しそうな声を上げたという美智子さま。
「まるで女学生同士のような、純真なお喜びようでした。同時に、私たちには特別なことでもない、好きな本について語り合うお相手もいなかったのだろうかと思ったんです。周囲には、いつも献身的にお世話をする方々もいますが、それぞれの立場もあり、そう簡単にはお気持ちを外に出すわけにはいかないのかと思います」
末盛さんは、そこには我々の想像を絶する孤独があるのではないかと推し量る。
「だからこそ、悲しい思いをしている人にも、より一層深く寄り添うこともできるのではないでしょうか。私が、お電話などで時々お話をして、少しだけでも気がお楽になれるのでしたら、それは嬉しいことと思うのです」
陛下が譲位を終えられて以降、最近の電話での会話は、気づくとかなり長いこともあるという。
そんななか、上皇陛下が、最近、こうおっしゃるのだと、美智子さまが末盛さんにふと漏らされることがあった。
「あなたと結婚できて、私は、本当に幸せだった。あなたも、そう思ってくれているといいんだけど」
寄り添い続けた「祈り」は、令和の時代にも引き継がれていくーー。
「女性自身」2020年1月1日・7日・14日号 掲載