■愛子さまに0歳のころから沖縄の子供たちとの交流を
愛子さまを出産された翌年、’02年7月には、東宮御所で行われた豆記者の子供たちとの懇談に、愛子さまをお連れになった。
「豆記者との交流は上皇ご夫妻から引き継がれたものです。夏休みに東京などに派遣され、記者の仕事を体験する豆記者は、本土と沖縄との架け橋となる存在となっています。雅子さまは、愛子さまに小さなころから沖縄に親しみを感じてもらい、戦争などの歴史についても関心をもってほしいとお考えになっていたのでしょう」(皇室担当記者)
しかし、雅子さまは25年間、沖縄を再訪できていない。’03年12月に体調を崩され、翌年には適応障害と診断されており、地方へのご訪問も思うようにできなかった。また、豆記者とのご交流にも参加できない時期があった。
「雅子さまは、沖縄に心を寄せる活動ができなかったことに悔恨の念を抱かれていたのかもしれません。だからこそ、本土復帰50周年となる今年、できるかぎり沖縄に尽くしたいとお考えなのではないでしょうか。
そして、陛下がおっしゃった『今なおさまざまな課題が残されている』という言葉には、雅子さまとともに、これから一生を捧げるという覚悟で沖縄に寄り添い続けなければならないという決意が込められているのでしょう。今年10月、国民文化祭、全国障害者芸術・文化祭が沖縄県で開催されます。雅子さまは沖縄再訪に向け、すでに準備を進められているはずです」(宮内庁関係者)
雅子さまが秘めてこられた沖縄への思いーー。25年ぶりの再訪がかなえば、沖縄県民の心にもきっと響くことだろう。
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