■「軽井沢に出かけるときも、必ずヌカ床は持ってまいります」
信子さまの厨房は、明るく庭の最色が眺められるように工夫されている。
ご自分で厨房に立たれる信子さまの意見が取り入れられての設計だ。
「厨房は子どもたちとの、コミュニケーションの場でもあります。台所仕事をする私の手元を眺めながら、子どもたちはいろいろな質問をします」
『その魚は?』
『これは鰹よ』
『なんで、あぶるの』
『これは生のままいただくと、皮と身のあいだに虫がいることがあるから、殺菌の意味もあってあぶるのよ』
などと、お料理の材料を使いながらお子さまたちとお話ができるのも楽しみのひとつとおっしゃる。
包丁も、ステンレス製ではなく料理人の使う本格的なものが7本。ご静養先にも必ずケースに入れてお持ちになる。信子さまはそれをご自分でお研ぎにもなるのだ。
信子さまは、この赤坂御所の厨房で、殿下の主宰される福祉団体『柏朋会』のサークルのひとつとして始められた料理教室を、もう10年間もお続けになっている。
月に1度土曜日に20人ほどの障害者と健常者が参加する。材料費は千円程度。そこで、信子さまは心のこもったお惣莱の作り方を一緒になって勉強なさる。
そして、それをまとめたのが今回の『四季の家庭料理』となったのである。信子さまは“お袋の味”を大切になさっているようだった。
宮家に嫁がれたときご婚儀の道具のなかに、ご実家で使われていた40 年もののヌカ床を持ってこられたという。
「若い女性には、なかなかヌ力床は難しいらしく、混ぜるのを忘れて失敗することがございます。私も旅行が多いものですからなかなか管理できなくて。夏、軽井沢に出かけるときも、必ずヌカ床は持ってまいりまして、あちらでもおナスやキュウリを漬けますよ」
信子さまは冬になれば白菜もご自分で漬けられるのだという。
冬の暖かな一日、庭で信子さまがゴム長にエプロン姿で白菜と格闘しておられると、出入りの御用聞きのオジサンが声をかけていく。
「へえ、新しいお手伝いさんかい。偉いねぇ、若いのに。バアちゃんから習ったのかい?」
そばについているお手伝いの女性が慌てて言った。
「妃殿下、です!」
――そうそう、今年の夏もご静養先で、妃殿下はおいしいお漬け物を漬けておいでだろうか。