2019年10月、高御座と御帳台を見学する黒田慶樹さん(左)と清子さん(写真:時事通信) 画像を見る

亀裂を深めているという三笠宮家のプリンセス、彬子さま瑶子さまご姉妹は、出口の見えない相克に直面されている。

 

昨年11月15日、三笠宮妃百合子さまが薨去され、再びご家族内の対立が鮮明になっているのだ。

 

もともとご姉妹は寬仁親王家という独立した宮家の構成員として、寬仁親王邸(現・三笠宮東邸)で生活されていた。しかし’04年、母の信子さまが病気療養のため、お住まいから“家出”され、ご家族の仲に異変が生じ始めたという。

 

「寬仁さまのアルコール依存症の治療方針を巡る対立、殿下の家庭内暴力など、さまざまな原因が報じられていますが、以来信子さまとご姉妹は、会話すらままならない関係となっていきました。

 

寬仁さまが’12年に薨去された後、1年も“次期当主はどなたが務めるのか”というご家族内の話し合いに決着がつきませんでした。結局、’13年6月に寬仁親王家は廃止され、三笠宮家へ合流することとなったのです」(前出・宮内庁関係者)

 

形式上は一つの宮家にまとまっても、信子さまはご姉妹から距離を置き、皇居の近くにある宮内庁分庁舎(旧・宮内庁長官公邸)にお一人で住み続けられている。

 

前出の皇室担当記者は、

 

「近年の彬子さまは祖父母の三笠宮ご夫妻、そして敬愛している父の寬仁さまのご事績についての発信をさかんに行われており、また祭事も取りしきられてきました。一方で妹の瑶子さまは、ご多忙で東京からも離れがちな彬子さまに代わって、百合子さまの身の回りのお世話など、宮邸の差配を担われていました。こうしたことから、ご姉妹も互いに複雑な感情を抱かれているようなのです。

 

現状では、それぞれが独立の生計を営む皇族として生活されていく方向で調整が進んでいます。ただ、それぞれが正当性を主張され、話し合いが難航すれば、三笠宮家の家名が維持されるのか……まだ結論が見通せません」

 

ご家族の確執による“家の消滅”という悪夢がくり返されることを彬子さまと瑶子さまが憂慮される一方で、円満な夫婦仲を築いてきたのが、’05年に結婚し皇室を離れた黒田清子さんだ。東京都庁に勤務する夫の慶樹さん(59)とは、昨年7月に上皇ご夫妻の卒寿を祝う演奏会に、仲むつまじい様子で出席していた。

 

「伊勢神宮の祭主として、東京と三重県伊勢市を頻繁に往復する清子さんを、慶樹さんは献身的にサポートしてきました。現在、慶樹さんは東京都の建設局の担当部長。穏やかな仕事ぶりで部下や後輩にも慕われているそうです。

 

定年後は、清子さんが長年続けているカワセミなどの鳥類についての研究旅行を、夫婦で楽しむ計画を立てているとも聞いています」(前出・宮内庁関係者)

 

しかし、東京都の人事制度が変わり、黒田夫妻の定年後のシナリオも修正を余儀なくされて……。

 

「慶樹さんは’25年4月が60歳の誕生日なので、年度末の’26年3月に定年退職する予定でした。

 

しかし制度変更で、慶樹さんの年次の職員の定年は62歳となり、60歳定年が維持される部課長級以上の職員も、再任用という形で本庁や出先機関などで働く形になることになりそうです。つまり慶樹さんも、’28年3月までは都庁のいずれかの部署で働くとみられています」(都政関係者)

 

水入らずの時間は延期でも、夫婦仲が揺らぐことはないのだろう。新しい一年が始まり、現&元プリンセス5人それぞれの、試練の日々が始まった。

 

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出典元:

WEB女性自身

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