■祖父を巡る宿命とも向き合われるご覚悟
そして雅子さまは27年ぶりの再訪に、不退転のご決意を固められているという。
熊本では今年、「日本の公害の原点」とされる水俣病が公式確認されてから70年を迎えた。現在も被害を訴える人は絶えず、救済するための法律をめぐって現在も国会で議論が行われている。
水俣病の原因は、戦前から日本の化学工業をリードした「チッソ」の工場から出るメチル水銀を含んだ排水だった。不知火海に流れ込んだ排水は魚介類を汚染、それを食べた人々が運動失調やさまざまな神経症状など中毒性の疾患を発症したのだ。
雅子さまの祖父・江頭豊氏は、チッソの社長を務めていた。
「日本興業銀行(現・みずほ銀行)から、水俣病への対応により経営不振に陥ったチッソの立て直しのため、江頭氏は同社の専務、社長を歴任しました。
水俣病発生の原因に関与していないとはいえ、社長としての江頭氏の対応に不信感を抱く患者や支援団体が多くいたのです。
皇室の方々の熊本県ご訪問が慎重に対応されていた時期もありました。また戦前の1931年、戦後にもチッソ水俣工場を視察された昭和天皇は、国策のために人々が苦しめられた事実に、生涯苦悩されていたとも伝わります。
雅子さまがお妃候補として話題を集めた当初は、昭和天皇をはじめ宮内庁内にも、江頭氏が親族であることを懸念する声があったほどでした」(前出・宮内庁関係者)
しかし、患者をはじめ人々との関係を前進させたのが、上皇ご夫妻だった。’13年に熊本県を訪問され、水俣病資料館を訪問し、患者たちと対面されたのだ。前出の河西さんはこう続ける。
「美智子さまは、水俣病患者に寄り添い続けた作家の石牟礼道子さんとの交流を通じ、患者や家族らの苦しみや思いに向き合われてきました。患者と親族らとの対面は、こうした上皇ご夫妻の長年のご努力により実現したものでした。
雅子さまが今回27年ぶりに熊本県を訪問されることを通じて、皇室もより水俣病への理解を深め、患者ら人々の存在や苦難を広く伝え、理解を促す機会にもつながっていくのではないでしょうか」
宿命を乗り越えながら、被災者を抱擁して慰めるため――。熊本へと旅立つべく、雅子さまは悲壮な覚悟を抱かれている。
画像ページ >【写真あり】《パワフルなまでにゴージャス》「鮮やかブルーと金ドレス」の雅子さま(他8枚)
