1月17日で阪神・淡路大震災の発生から24年がたった。その後も全国各地で自然災害が相次いでいる。もし沖縄が災害に見舞われた時、私たちはどうすればいいのか。「他人事ではない時が来るかもしれない」と、記者は那覇市の若狭公民館で5、6日に開かれた防災キャンプに参加してみた。普段はインドア派の記者にとって、最初は「防災」と「キャンプ」、この2つのつながりがあまりイメージできなかったが、参加してみて多くの発見があった。

 

(琉球新報社会部・田吹遥子)

 

まずは持ち物から

 

キャンプに参加する際の持ち物は自分で考えることがルール。もし災害が起きて避難するなら―。記者は、5年前に母が懸賞で当てた防災グッズセットを家から持ち出した。中にはアルミ製の薄い寝袋に懐中電灯、水を運ぶチャック付きの袋などが入っている。「防災セットなら間違いないでしょ」と意気揚々と参加したが、若狭公民館の体育館を見て驚いた。本格的なバックパックが3つ、4つ…。そのうちの一つは、自作の軽トラキャンピングカーでワークショップをしている有村博勝さんは60リットルのバックパック。中にはテントとカセットコンロ、食器、パスタなど料理道具までそろっていた。熊本地震被災地でのボランティア経験がある有村さんは「外でテントを張って避難している家族も多かった」と教えてくれた。

 

今回、防災キャンプを企画したのは、大学コンソーシアム沖縄の宮平未来さん(28)。キャンプ好きのキャンパーだ。2018年は60~70泊もキャンプしたとか。「とにかくキャンプがしたかったんで」と企画理由を語る。なんだか楽しい感じが伝わってくる。ほとんどの参加者は、若狭公民館から支給された段ボールで寝床を確保した。記者も段ボールをいただいて、寝床作りに励んだ。思い思いに寝床を作る参加者の横で、「すみません、ちょっとズルですが…」と聞こえてきた。若狭公民館の宮城潤館長だ。那覇市が保管している段ボールベッドを組み立てていた。

 

段ボールの中にさらに小さな段ボールを詰めてかなり頑丈。「すごーい」とみんな試しに腰掛けてみる。本格的なベッドだが一式は重くて持ち運べない。

 

「避難所に保管してもゴキブリが段ボールを食べてしまう」「暖かい沖縄ではベッドよりも防虫ネットの方が必要では」など、本当に使えるか疑問も上がった。

 

防災士で自身も阪神・淡路大震災で被災した稲垣暁さんは実際に避難した際に持って出たものを持ってきた。シーツの下にはアルミ製のシートを敷いて保温に努める。「とにかく保温が大事。震災の時はスキーグッズを持って出ましたよ」

 

水は使えず、ゴミも出さずに…

 

夕食タイム。参加者16人が車座になって持ち寄った食事をみんなで味見しながら食べた。「震災の時はみんなで食べることが大事」と話すのは、防災士の稲垣暁さん。

 

「箸が要らずすぐに食べられるものが良いはずだ」と考え記者は缶詰と魚肉ソーセージを持参したが、包みなどのゴミがたくさん出てしまった。「被災地ではゴミの問題が大きい。特に暖かい沖縄だと伝染病などが心配される」との稲垣さんの指摘を聞いて反省。箸やコップは持参した方がいいな、魚肉ソーセージはやめた方がいいかな…。他の参加者から水でつくったカップラーメンやカセットコンロで暖められたスープなどを分けてもらううちにお腹も心もいっぱいになった。

 

食事タイムは実験タイムにもなった。「サバ缶やツナ缶は油が入っていたら燃料になるよ」と北九州から参加した大久保大助さんが教えてくれた。「でも水煮ではだめ。オイル煮なら大丈夫」とも。持参する食べ物の容器まで何かに使える物がいいと考えたことは初めてだ。稲垣さんは牛乳パックを短冊切りにして燃料にした手作りの「アルミ缶コンロ」を作った。上のアルミ缶に水を入れて火を付けるとお湯が沸く。今回はドリップコーヒーを淹れることができた。

 

水で食べるカップ麺を持ってきた人も多かった。特に焼きそばは大量のスープが要らないので冷たいことがあまり気にならなかったのは発見だった。参加キャンパーの中にはカセットコンロで温かいトマト煮などおしゃれな料理を作っていた人も。非常時はとにかく食べられたらいいと考えていた記者だったが、キャンパーも稲垣さんも「美味しいものを食べないと元気が出ない」との結論で一致していた。

 

食後は強制的にわざと電気を消して停電状態も作った。持参した懐中電灯を取り出すも、なんと電池切れ・・・。仕事用のパソコンの画面を明かりにしてどうにか乗り切った。

 

足音と寒さとの闘い

 

午前0時に就寝。記者は、公民館から提供されたダンボール箱をつなげてその中に入り、アルミ製の寝袋を布団代わりにした。体育館の床から冷気が伝わったが、薄いアルミが体温を逃がさず暖かい。寝返りをするたびにカサカサと音が鳴って自分で目覚めた。近くで眠っていた稲垣さんからは朝に「カサカサと音が聞こえた」との声が。やっぱり響いていたようだ…。

 

「ダン、ダン、ダン」。 真夜中のしんとした体育館を誰かが歩くたび、足音が耳元に響き、何度か目覚めた。熟睡はできなかった。

 

琉大2年の大城奈都美さん、3年の日高利佳さんは机を段ボールで囲った中で膝掛けの毛布を被って寝たが「夜は寒かった」と鼻声。一方、足下を新聞寝袋で包んで眠った嘉数学さんは「暖かかった。バッチリ」とピースサイン。新聞記者として、ちょっと嬉しかった。

 

サバイバルより協働

 

今回、試験的な開催だったが16人が参加した防災キャンプ。参加者は夕食後と朝食後には、どのように継続できるかを話し合った。「若狭公民館で開いている朝食会のように定期的につなげられないか」「普段公民館に来ない人に防災について伝えるために、外でやるべきじゃないか」「学校を利用できないか」などさまざまな意見が交わされた。

 

企画した宮平さんは「キャンプは空間共有の連続。自宅の外に出ることで初対面の人ともコミュニケーションをとる。それが避難生活にも近い」と防災とのつながりを指摘説明する。稲垣さんも「避難生活はサバイバルではない。みんなで協働して、乗り越えるための知恵や工夫を学ぶことが大事」とし、そのために防災キャンプが有効だとした。宮城館長は「地域住民が集まって情報を共有することが大事。記録をとって次につなげたい」。

 

いつ起きるか分からない災害時、住民同士が協働できるか。若狭公民館では、防災キャンプの定期的な実施に向けて模索を続けていく。

 

キャンプで培う知恵や協働が、災害時の備えになると気づかされた1泊2日。まずは、防災グッズの点検から始めます!