第60回 「今年も人間社会の厄介さを感じさせる出来事が多かった」

投稿日: 2015年12月22日 17:00 JST

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12月某日 北イタリア・パドヴァ

ろくな事もせずにあっという間に過ぎてしまったと思われる1年間という月日も、スケジュール帳に記された記録を確認してみれば、結構いろんなことをしながら過ごしていたことがわかるものです。

今年も例年と同じくイタリアと日本を忙しなく往復しつつも、原稿仕事の合間に音楽仲間たちと何度かバンド活動をしたり、取材という目的ではあるけど旅行へ行ったり、実家で姑にこき使われたり持病で入院するといった拘束もあった中で、某か息抜きになるような事もそれなりにしていて、自分が思っている程仕事漬けでもなかったという実態が判明したのですが、それでも年末になると、お決まりのように「どうも何かをやり残した感」を避けてはやりすごせません。なぜなんでしょう。

自分の性格が貪欲で貧乏性だということなのでしょうか。結局仕事に追われる時間の中でも自分用の自由時間を捻出しても、それを有意義に使わなきゃ、謳歌しなきゃという気負いと焦りが気持ちの中に発生してしまうのがいけないのでしょうか。確かに、もっとダラダラと何もしないゆとりのある自由時間を過ごすようにすれば、時間の質感も変わってくるのかもしれません。

そういえば『アリとキリギリス』のイソップ寓話もラテンの国では〝どちらかの人生を選べというなら絶対キリギリスでしょ〟という受け取られ方をするそうですが、確かに、どうせ何をしていても時間があっという間に過ぎたと感じるのであれば、悠悠自適にのんびり楽しく過ごした方が俄然お得、という気もいたします。

ところで、個人的にはあっという間に過ぎてしまったとしか思えない1年ではありますが、2015年に社会では何があったのかつぶさに思い出してみると実にいろんな事が起こっていて、リアルタイムでニュースとして聞いている分には時間とともに流されてしまいますが、改めてひとつひとつと向き合ってみると、1年というもののそれなりの質量を実感させられます。

自分の脳味噌で思い出してみるだけでも、ISILによる日本人2人の殺害事件、川崎の河川敷での中1の少年の殺人事件、北陸新幹線の開通、首相官邸屋上にドローンが墜落、箱根の火山活動の活発化や口永良部島で爆発的噴火、新幹線の中での老人の焼身自殺、大阪都構想否決、五輪のエンブレム問題に莫大な金額を掛けた新国立競技場の建設計画見直し、安保関連法案の可決やそれに対する大規模なデモ、ラグビーW杯で日本の勝利に福山雅治さんの結婚、マイナンバー交付に大阪の中1男女の殺害事件、水木しげるさんや野坂昭如さんなど貴重な文化人の訃報……。

ここに並べたのはあくまで私個人にとって印象的だった出来事のいくつかに過ぎません。調べてみれば今年の日本ではまだまだ沢山の事が起きていますし、世界まで視野を広げてみれば、悪化するシリア情勢からパリの同時多発テロ、欧州の難民問題など、思い出せば出すほど、いっそう収拾のつかない事になるでしょう。シリアでの生活経験があるためでもありますが、やはり今年も中東情勢に絡んだ辛い出来事の数々に更に滅入った気持ちになり、ニュースを見るのが耐えられなくなったりもしました。

昨今は特に、日本にしても世界にしても、人間の社会というのはどうしてこうも、面倒で厄介なのだろうという感慨を抱くしか無いような、やり場の無い出来事があまりに多過ぎる気がします。こんなことならいっそ、本当にキリギリスや浦島太郎にように、現を抜かしている間に年を取ってしまう生き方の方が理想的にすら思えてきてしまいます。

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史跡と温泉は慌ただしい時間を止めてくれる魔法のスポット

皮肉なイタリア人に言わせてみれば、今年は「中世期に戻ってしまった1年目」なのだそうですが、それでも自分の周辺を見渡してみれば、一生独身じゃないかと思われていた男勝りの強い女性が、激烈な恋愛をして結婚に至ったり、待ち望んでいた赤ちゃんを授かって幸せ絶好調なお友達も何人かいます。先日まで取材で訪れていたルネサンスの都フィレンツェでは、それまでの長い期間経済や宗教的な重圧を強いられ続けてきた人々の感受性が、人生の歓喜に向かって開いていく有様を、絵画や建築や彫刻を通じて改めて感じさせられました。細かく分析すればやりきれなくなるばかりのこの時代を、どういう質感のものとして捉えるのかは、最終的には自分たちの姿勢や意識の持ち方次第なのかもしれません。

そんなわけで、2016年は例えまた仕事で慌ただしい日々を過ごす事になっても、できるだけ時間の流れが真逆な場所に赴く機会を作りたいなと思っております。それには時間の軌跡と向き合える史跡もいいかもしれませんが、温泉というのも私にとっては時間を止めてくれる画期的効果を持った魔法のスポットなので、できれば1カ月くらい何もしないで、ただ温泉に浸かってゴロゴロするだけの〝ほうけ三昧〟な日々を過ごしたいものです。それを叶えることができれば、定番の〝どうも何かをやり残した感〟を1年後に感じる事もきっと無くなるでしょう。

皆様もできることなら、胸をときめかせてくれるような何か楽しい企みを胸に抱きつつ、どうぞ良い年末年始をお迎えください!

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ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)

1967年東京都出身。17歳で絵画の勉強のためイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、油絵と美術史を専攻。‘97年漫画家デビュー。『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『国境のない生き方』(小学館)、『男性論』(文春新書)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)など多数。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリア在住。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」綬章。
 
公式サイト
https://www.thermariromari.com/

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