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(写真・AFLO)

2020年東京五輪への弾みとなる、メダルラッシュに沸いたリオ五輪の日本選手。その現場で取材を続けてきたスポーツニッポンの4人の記者たち――杉本亮輔記者(キャップ・体操など担当)、雨宮圭吾記者(柔道、レスリング担当)、宗野周介記者(水泳担当)倉世古洋平記者=卓球など担当)。彼らがメダリストたちの奮闘舞台裏と、栄光を生んだ絆の秘話をリオ現地から直送公開してくれた。

 

(1)吉田沙保里「亡き父と交わした約束」

 

「もちろん『金メダルを取りたい』という意味で」

リオ五輪で女子レスリング53キロ級で銀メダル。4連覇を逃した吉田沙保里選手(33)は、足の指に金色のペディキュアをした理由をこう語っていた。

これまでペディキュアをすることがなかった彼女が、初めて――それも、金色のペディキュアをした。このことはリオ五輪にかける吉田選手の思いがいかに強いかを物語っている。

その”思い”の背景には、’14年3月11日にくも膜下出血で急逝した父であり、レスリングの”師”でもあった吉田勝栄さん(ロンドン五輪女子代表チームコーチ=享年61)の存在が――。

「4連覇は父との約束でした。絶対に、勝たなければいけない」

約束は果たせなかったが、天国の父は「ご苦労さん」と言ってくれたに違いない。

 

(2)恩人が送ったベイカー茉秋への手紙

 

柔道男子90キロ級で金メダルを獲得したベイカー茉秋選手(21)。彼と柔道の出会いは6歳のとき。当時通っていた「ピアノ教室の先生に勧められて」が定説になっているが、実はちょっと違うらしい。雨宮記者によると、猫背気味だった息子の姿勢を正すため、母親の由果さん(46)が最初に連れていったのは、なんと空手教室。それを聞いた先生が「空手より柔道のほうがいいわよ」と言ったという。もし先生のひと言がなかったら金メダルは……。

その後ピアノの先生は病気になり、現在はリハビリ中。その先生からリオ行きを決めたベイカー選手に、不自由な手で書いた激励の手紙が届いたという。

金メダルはリハビリ中の先生への励ましになったはずだ。

 

(3)三宅宏実「腰痛でボロボロ」母の涙

 

「彼女は、今年の春先に腰を痛めていました。まじめな選手ゆえ、腰が痛くても練習をやめなかったのが主原因です。腰痛はかなり深刻で、試合前に、母・育代さん(66)に『お母さん、私、ボロボロなんだよ』とメッセージを送っていたほどでした」(杉本記者)

女子重量挙げ48キロ級で、ロンドン五輪の銀メダルに続いて銅メダルを獲得した三宅宏美選手(30)。

そんな彼女に力を与えたのは家族だった。父親で、女子重量挙げ監督の義行さん(70=メキシコ五輪銅メダル)の励ましはもちろん、育代さんは観客席で声を限りに応援。

そして、日本では、伯父の義信さん(76=東京・メキシコ五輪金メダル)が決勝と同時刻に、東京・青梅市の武蔵御嶽神社で必勝祈願。

スナッチ8位から大逆転で銅メダルを獲得すると、義行さんは「神様はいるんだよ」。

 

(4)柔道・近藤亜美に“敵コーチ”の激励

 

リオ五輪で日本人初のメダル(女子柔道48キロ級銅メダル)を獲得した近藤亜美選手(21)は19歳で世界選手権を制覇したが、その後低迷。そんな彼女を支えたのが所属する三井住友海上の貝山仁美コーチ(38)だった。

「今年2月のグランドスラムパリで初戦敗退後、2人で話し合い、減量にも真剣に取り組むようになった。そして、リオ行きが決まると貝山コーチから『せっかく行くんだから”金”がほしいな』と言われたそうです」(雨宮記者)

しかし、準決勝で優勝したバルト選手(アルゼンチン)に敗退。失意の近藤選手に「メダルを取るのと、取らないでは全然違うよ」と、励ましの声をかけたのは、なんとバルト選手のコーチだった。

「監督、コーチ、付き人に励まされてもなお落ち込んでいる彼女を見かねて、声をかけたんでしょうね」(雨宮記者)。

 

(5)卓球・水谷へ母は1歳からスパルタ

 

卓球男子シングルスで日本卓球界初の銅メダル、団体では銀メダルを獲得した水谷隼(じゅん)選手(27)。「天才サウスポー」誕生の背景には母・万記子さん(54)の存在が。

倉世古記者によると、万記子さんは「スポーツをするなら左利きが有利」が持論。水谷選手が1歳のときから左手でスプーンを持つことを教え、自宅に卓球台を置くなどして英才教育を行ったという。

水谷選手は、前回のロンドン五輪でもメダルを期待されたが4回戦で敗退。失意の彼を救ったのは、7年近い交際を経て’13年11月に結婚した妻(24)だった。結婚した翌年には長女(2)が誕生。「勝って喜んでくれる人の顔が見たかった」と臨んだリオ五輪。メダルを手にした水谷選手は、スタンドで見守ってくれた愛妻に笑顔を届けることができた。

 

(6)柔道「金一号」大野 暴力事件で改心を

 

柔道男子73キロ級で優勝した大野将平選手(24)は”挫折”を克服しての頂点だった。

‘13年8月、彼が主将を務めていた天理大学柔道部で、上級生の下級生に対する暴力事件が発覚。連座した大野選手は主将解任と停学。全日本柔道連盟からは3カ月の登録停止処分を科せられた。

「その後、しばらく実家(山口県)に戻り、子供のころ柔道を学んだ松美柔道スポーツ少年団の練習に参加するなど自分を見つめ直す時間をつくったようです。さらに、兄貴分として支えてくれた天理大柔道部の穴井隆将監督(32)には『もう一度リセットしよう』と言われるなど、家族や天理大の関係者、中高時代を過ごした私塾『講道学舎』の恩師らの励ましで再起できたんですね」(雨宮記者)

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