(写真:アフロ)

「19日の対コロンビア戦の勝利は、予想外すぎて、喜ぶよりも固まってしまいました。ようやく香川真司選手のパスが、流れるようにつながっていく試合を見ることができて感無量でした。ずっと、そんな日を待ち続けてきたように思います……」

 

呼吸器をつけながら、そう語るのは定田和希さん(22)。本誌が定田さんを取材したのは、石川県金沢市にある病院の6人部屋。彼はもう8年も、この病院で生活している。定田さんが筋ジストロフィーを発症したのは幼稚園卒園前だったという。発症後、数年すると歩行も難しくなり、8歳のころには車いすで生活するようになった。

 

「僕がサッカーを好きになったのは6歳のころです。’02年に日韓ワールドカップが開催されたことがきっかけでした」

 

ときには体調を崩し、何カ月も寝たきりの生活を強いられることもあった。

 

「元気なうちに少しでも楽しい思い出をつくらなければ……。そんなことを考えていたときに病院の職員の方から、『メイク・ア・ウィッシュ』のことを聞いたのです」

 

メイク・ア・ウィッシュはアメリカで生まれたボランティア団体で、難病の子供たちに対し、夢の実現を支援している。定田さんが動かせるのは両手の指だけになっていたが、彼はパソコンのメールで、北陸支部に連絡をしたのだ。彼の夢は“スタジアムでサッカー観戦をすること”だった。

 

「夢が実現したのは、メールを打ってから半年後、’12年9月6日のことでした」

 

その日、新潟市の東北電力ビッグスワンスタジアムで行われたのは、日本対アラブ首長国連邦の親善試合。16歳になった定田さんは、メイク・ア・ウイッシュ オブ ジャパンのスタッフに付き添われ、父・誠さんといっしょにスタジアムを訪れた。スタジアムには「ニッポン」コールが響き渡り、定田さんは、スタジアムを埋め尽くす4万人もの歓声と熱気を生まれて初めて肌で感じることができたのだ。ピッチの上には、香川のほかに本田圭佑選手の姿もあった。父・誠さんは言う。

 

「私も、ずっと息子を連れて遠出することが不安で、スタジアムに連れていってあげられなかったんです。あの日以来、息子は近場ですが、外出してサッカーの試合を見に行くようになりました」

 

香川たちのプレーは、定田さんの人生を変え、“生きる力”を与えたのだ。実は定田さんには代表メンバーからのサプライズ・プレゼントもあった。おのおののサインが書かれた、メンバーたちの顔写真入りのパンフレットだ。

 

「忙しいなか、皆さんがサインをしてくださって……。すごく急いだのでしょうね、インクが乾く前にこすれているものがありました。いまでもお見舞いやプレゼントをいただきますが、この日のサイン入りパンフレットは一生の宝物です」(定田さん)