おいしすぎた!稀勢の里が作ってくれた雑炊の思い出

相撲人生への思いが、大粒の涙となってこぼれ落ちる。現役引退を決めた横綱・稀勢の里(32)。17年間の土俵生活で貫いたのは「絶対に逃げない気持ち」。誇れるのは「一生懸命、相撲をとったこと」。“日本人横綱”として、相撲と、ファンと、真摯に向き合ってきてくれたことに、感謝したい。相撲レポーターの横野レイコさんが、稀勢の里との思い出を振り返る――。

 

【横綱・稀勢の里の黄金時代を見たかった……!】

 

年末年始、稀勢の里のお休みは12月31日と1月1日のたった2日でした。3人の横綱のなかで誰よりも稽古していたのに、結果が出せなかった。ケガもようやく治ってきて今場所さえ乗り切ればまだまだ活躍できる、と確信していただけに無念です。

 

私が初めて稀勢の里を取材したのは、17歳で新十両になった会見のとき。幼さの残る顔で緊張しながら喜びを語っていたのを思い出します。

 

師匠の前では寡黙でしたが、ふだんは冗舌で明るく、場の中心になる人柄。歌も上手で、『スタートライン』という曲をカラオケで歌うと、歌詞が稀勢の里の境遇とダブるので、みんな号泣してしまいます。横綱に上がれなかった時期に助言をくれたという日馬富士の断髪式でもこの歌を歌って、門出を祝福していました。

 

数年前の巡業で、数人の関取たちと食事したとき、私が鍋の締めの雑炊を作ろうとしたら「貸してください」と、自らおたまであくをキレイに取り、卵も細かく泡立ててから流し入れて作ってくれたこともありました。今まで食べた雑炊のなかでいちばんのおいしさでした。

 

お父さんが「細かくて完璧主義。奥さんになる人は大変」と笑っていたのを思い出しましたね(笑)。

 

横綱・稀勢の里の黄金期を見たかった気持ちはありますが、引退会見で真摯に相撲に向き合っていたことが全国に伝わり、男を上げたと思います。これからは荒磯親方として第二の“稀勢の里”を稀な勢いで作ってほしい。本当にお疲れさまでした。

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