3年前のリオ五輪。競泳400m個人メドレーの金メダル最有力候補として、当時22歳の瀬戸大也選手(25)はレースに臨んだ。しかし、金メダルに輝いたのは盟友の荻野公介選手だった。瀬戸選手は銅メダルーー。
「試合後、大也はすごく落ち込んでいたんです。オリンピックの銅メダル獲得は、私からすれば、とんでもなく素晴らしい成績なんですが、本人がめざしていた色とは違った。その落ち込みようを見て、私も気持ちが重くなって……」
そのころは恋人であり、自身も元水泳飛込日本代表だった瀬戸優佳さん(24)はそう語る。
「でも彼は、日本に帰るときには『俺、4年後にはヒーローになるから、近くで見ていて!』と、すっかり持ち直していたんです。『この人、すごい!』と思った瞬間でした」
優佳さんの頬にほんのり赤みが差した。じつは、オリンピックが近づくにつれ、2人の関係はギクシャクしていたという。大也さんは埼玉、優佳さんは兵庫という遠距離恋愛も2年になっていた。
「お互い選手ですので、精神的にデリケートな部分が多い。それに、ただでさえ会えないのに試合に向けて集中しなければいけなくて、まともに話す時間もなかった。リオが終わってもこの状態なら『別れよう』と、私は思っていたんです。でも逆になりました。『この人と一緒にいたい。これ以上離れているのはいやだ』と、彼を思う気持ちがさらに強くなったんです」
若い2人の結婚が、現実味を帯びていった。
「私のなかでは、自分がオリンピックに行きたいというより、大也の金メダルへの挑戦をサポートしたいという気持ちが占めたんです。それが私にとっての五輪出場だと。いえ、それ以上に、『この人と一緒の人生は面白いだろうなあ』と思ったんですね」
’17年5月24日、2人は大也さんの23歳の誕生日に婚姻届を提出。優佳さんは22歳だった。同年11月、優佳さんは全力で彼を支えたいと、自身の競技人生に終止符を打った。翌’18年6月には長女・優羽ちゃんを出産。
そして、いよいよ来年夏は、結婚して初めて迎える、しかも自国開催のオリンピックである。
今年7月の世界水泳選手権で、瀬戸選手は個人メドレー200mと400mで金メダルを獲得。まさに日本水泳界のエースだ。優佳さんの夫は、東京五輪での「金メダル確実」と、日本中の期待を集めているのである。
「具体的には、ここからが大事だと思うんです。リオのころは、離れていたせいでお互いの関係が悪かった。彼はプレッシャーでおかしくなっていたと言います。一緒に暮らす今、少なくとも家ではホッとできるようにしたい。私と娘にしかできないことですよね」
優佳さんは結婚後、料理の勉強をしてアスリートフードマイスターの資格を取得。
「主人は放っておけば、牛丼、ラーメンに走るんです(笑)。ふだんの食卓では、主食の炭水化物、主菜、副菜、果物、乳製品を出して、脂質を抑えています」
試合前は、エネルギーをためる時期なので主食を増やし、おかずを減らす。トレーニング期は、疲労のため量をあまり食べられないので、タンパク質を増やす。夜は腹八分目だ。彼の好物はーー。
「水餃子と春巻き、手羽先、ハンバーグです。一時期ハンバーグに豆腐を入れていたんですが、『やめて!』と言われました(笑)」
大也さんには、今も口にする言葉がある。「結婚していなかったら、俺の成績は絶対に落ちていた」と。ただ、家にはこれまで獲得したメダルはいっさい置いていない。
「過去の栄光は振り返らないという意味なんです。3年前のリオでは、本番前の成績がよくて、彼は天狗になっていた部分があった。同じ失敗をしないようにと肝に銘じているんです」
そして、優佳さんも自分自身に課している。
「子育てでイライラしても、彼に愚痴らない。ちょっとしたことで言い合いになるのも、主人の目標の邪魔。大事な今、より寛大な心でいることを心がけています」
優佳さんによると、昨年あたりから大也さんの顔つきが変わったという。
「彼の『覚悟』だと思います。家族ができてバシッと目標が揺るがない。責任感と覚悟で、しっかりした顔になった。素直で少年っぽかった人が、大人っぽくなった」
東京五輪に向けて、徐々にテンションは高まっていく。
「来年8月には、主人の今まで見たことのない笑顔が見たいです。彼は金メダルをめざしているけど、私は『金が目標』というより、悔いなくやってほしい。すっきりした形で、やり切れたという、そういう表情が見たい。そして、それができる人だと思うんです」