「美宇は昔から、『将来は五輪で金メダル』と公言してきました。途中で挫折したこともありましたが、そのどん底からなんとか立ち直ってくれて。親バカかもしれませんが、立派に成長したな、と思います」
そう喜びを語るのは、パリ五輪女子卓球シングルスの代表に内定した平野美宇(23)の母・真理子さんだ。卓球のパリ五輪代表の選考対象となる大会は、1月28日の全日本選手権をもってすべて終了。2年間におよんだ選考レースを通じて最多となる910.5ポイントを獲得した早田ひな(23)、536ポイントで2位となった平野の2人がシングルス代表の切符を手にした。平野は同学年で親友でもある伊藤美誠(23)とのデットヒートを制し、念願だったシングルス代表入りを決めたのだ。
東京五輪では団体戦に出場はしたものの、シングルスでは補欠だった。その半年後にパリ五輪の選考レースがスタートし、リベンジを誓った平野だったが、出だしから躓いてしまう。
「選考対象の国内大会で、8位止まりが続いてしまって。東京五輪の後は、石川佳純選手が一線から退いたこともあって、美宇は2位になってもおかしくないのに8位。当時は落ち込んで、『卓球を辞めたい』と話したこともありました」(前出・真理子さん、以下同)
全農カップ船橋大会の前に、真理子さんは平野とこんな会話を交わしたという。
「『今度の大会、美宇が優勝するなんて思っている人は誰もいないよ』と言ったんです。おそらく世間もそう思っていたはず。それなのに美宇は『もし負けたらどうしよう、優勝できなかったらどうしよう』と言っていたのです。だからあえて『そう考えるのはおかしいでしょう』と伝えました」
大きな重圧に苦しんでいた平野だが、このときの真理子さんとの会話で気持ちを切り替えることができた。
「本人も自分なりに考え直したのだと思います。『私は選考レースで平均レベル。もしかしたら、最下位に近いのかも』と言うようになって。いまになって考えると、あのとき美宇は少し吹っ切れたんじゃないかと思うのです。全農カップ船橋大会では優勝をはたしました」
その後、無事に本来の調子を取り戻していった平野。五輪本番を翌年に控え、国際大会で中国選手と接戦を繰り広げるなど、周囲の期待も高まっていった。
「最近では、試合前になると、『“やるか、やられるか”じゃなくて“やるか、やるか”だよね』と自分に言い聞かせるようになったんです。自分をうまくコントロールできるようになったのでしょう。あの子がずっと夢見ていたシングルスの代表に決まって、母親としても本当にうれしいです」
代表内定が決まった後、真理子さんの呼びかけで家族が集まり祝勝会を開いたという。平野の大好物の焼き肉を食べに行ったそうだ。このとき、真理子さんは卓球以外の面でも平野の成長を目の当たりにする。
「美宇が『ねえママ、今日は私が食事代支払うから』と言ったんです。そんなことを言われたのは初めてだし、誘ったのはこっちですから。きょとんとしていると、『今まで応援してくれてありがとう』と。大人になったんだなぁって」
家族の応援も追い風に挑む五輪の舞台では、中国勢をはじめ、数多くの強敵が立ちはだかる。
「美宇は中国代表のツートップである王藝迪選手と孫穎莎選手の両方に勝ったことがある世界で唯一の選手なんです。『五輪金メダル』の夢をかなえてくれることを願っています」
卓球女子シングルスの決勝は8月3日。さらなる夢の実現に向かって、平野の奮闘は続く。