■本誌が「2人の出会いの場」を目撃――真美子さんは大谷と水原氏に挨拶を
大谷と真美子さんの出会いは、約3年前の2021年だった。雑誌『Number』(3月28日号)のインタビューでは《彼女が『最初に会った』と言うときのことを僕は認識していなかったんです。彼女曰く『すれ違いざまに挨拶してくれた』と言うんですけど、僕はそれがどこなのか思い出せない。練習施設の中の廊下だって……》と答えている。実は、本誌は同年11月、その瞬間を目撃していた。
「場所は東京・豊洲の『アシックス スポーツコンプレックス 東京ベイ』(今年3月15日閉館)です。館内のトレーニングルームやプールなどが標高2千~4千メートル相当の高地と同じ低酸素に保たれていた施設です。
当時、大谷選手はアシックスと契約しており、シーズンオフにはよく訪れていたようです。その日真美子さんは一足先にその場を後にして、帰り際には大谷選手に同行していた水原氏にも挨拶をしていました」(取材記者)
メジャーリーグで挑戦を続ける大谷、バスケの日本代表候補にも選出された真美子さんはやがて引かれ合う。時差のあるアメリカと日本で同じ時間に、同じ配信作品を見るなどの交際を続けた。花巻東高校時代の同級生で同じ野球部だった山根大幸さんはこんな話を聞いていた。
「高校のころ、好きなタイプについて『明るくて、優しい女性がいい』と言っていました。もともと、翔平はバスケ漫画の『スラムダンク』が好きなんですよ。高校野球を引退した後、体育館に3年生が集まって、よくバスケットをしていました。翔平はうまかったですね」
大谷は前出の『Number』で、妻について《僕と一緒で、何が欲しいというタイプじゃなくて、何でもいいけど実用的に使えるものがいいかな、というタイプ》と話しており、誕生日にはサイズの合うシューズをプレゼントしたという。
真美子さんの富士通レッドウェーブ時代の知人が証言する。
「彼女は物欲のあまりない女性です。洋服は着心地のよさや汚れにくさを重視していましたし、バッグもシンプルでたくさんものの入るタイプを愛用していました。
大谷選手と同じく、機能性を大切にしている。引退後も私服はパンツスタイルが多くて、ナイキやユニクロなど動きやすくシンプルな格好をしていました。ピンクのかわいらしいスカートやピンヒールなどは履かないタイプですね」
一方で、こんな“倹約家の本音”を漏らしたこともあったという。
「チームメートに『ブランドのイメージモデルになりたいなぁ。そうすれば、洋服をもらえるから、困らないでしょう?』とポロッとこぼしていたときもありました。逆に言えば、外見には高いお金をかけたくないのかもしれません」
2人が出会った’21年の9月、水原容疑者は違法賭博に手を染め始めていた。日本ハム時代の同僚で、通算1千4安打を放った巧打の内野手だった大引啓次氏(39)も今回の事件に衝撃を受けた。
「一平は学生時代にバスケをしていて、大のNBAファンだった。私は彼と同い年で、バスケ好きだったので、よく話をするようになりました。『歴代ナンバーワンのポイントガードはクリス・ポールでしょ』『いや、もっとうまい選手はいるよ』などと熱く語り合いました。
一平は基本的に引っ込み思案の性格ですけど、周りに乗せられると空気を読んで、いじられキャラになって場を和ませていた。だから、信じられないですし、本当に残念で仕方ありません」
大引氏は当時の彼の性格をこう見ていた。
「結果が出ないと、外国人選手はイライラしますよね。そのとき、一平は怒りを全て吐き出させていました。『こうしたほうがいいんじゃない?』のような余計なことは言わずに、受け止めていた。選手にとって、すごく居心地のいい通訳なんだなと思っていたのですが……」
新庄剛志(現・日本ハム監督)の師匠としても知られ、’14年から2年間、日本ハムの打撃コーチを務めた柏原純一氏(71)も落胆する。
「一平は当時、メジャーでも実績のあるメンドーサ投手の通訳をしており、仲がよかった。その輪に翔平が入って、2人は親交を深めていったようです。一平は常に外国人選手に寄り添っていましたよ。彼のおかげで、異国の地で不安を取り除いて活躍できた選手もいたと思います。銀行詐欺の報道を聞いて、あぜんとするばかりです」