■おばちゃん、怒るのは小学生の間だけちゃうで。大人になるまでは責任あるんや
「自分のユニホームは自分で洗濯せいよ!」
ことあるごとに安子さんは、子どもたちにこう声をかける。
先述したように、山田西リトルウルフでは徹底的に、子どもたちに自分のことをさせる。取材した週末も、団員たちは率先してグラウンド整備をし、道具の片付けをしていた。
「自分のことは自分でする、それが当たり前になれば、自分が手いっぱいで、親が代わりにしてくれたとき、自然と感謝の気持ちが芽生える。『ありがとう』って言葉を、心の底から言えるようになるんです」
「なにより」と安子さんはさらに言葉を継いだ。
「12歳までが大事。その年までになにを身につけられるかで、その子のその後が決まるんです。13歳過ぎて中学生になってからでは遅い。思春期、反抗期を迎えてから『自分のことは自分で』言うたら『なに言うてんねん、お前の仕事やろ』と言い返されますよ。
かつて、そんなこと言われて激怒しとったお母さんもいましたわ(苦笑)。それまで親がなんでもかんでもやってあげて、ペットのごとく猫っかわいがりしてきたら、そら、子どもだって『親の仕事や』思います。だから、幼いうちから言うて聞かすんが大事。もちろん、1回では子どもはよう聞きません。私は入団してきた1年生のうちから根気強う、百万べんは言いますよ」
ノックをする安子さんを見ていると、あることに気づかされた。
このときの相手は皆、同じ3年生だが、うまい子には強い打球を、未熟な子には緩い打球をと打ち分けるのだ。安子さんは「団員140人、全員のレベルを把握しているから」とこともなげに話す。それは、お説教のときも同じだった。
「ゴンタ(やんちゃ)な子、なんぼ言うてもへこたれん子には『アホか!』と怒鳴りつけたり、きつめに話します。でも、そうじゃない子にはやわらかめに。しょげてる顔の子には、少しでも笑顔が出るよう、話しかけます。全員の性格もわかってますし、いつも必ず目を見て話すようにしていますから。子どもの目つきを見ていれば、どう話しかければいいか、わかるんです。
だから、どんだけ怒られても、私に対して腹を立てる子はいません。子どもって、大人が素直に扱ってあげれば、素直に育ってくれるんです。子どもが問題起こすのも、結局は近くにいる大人の責任。子どもというのは、勝手に非行には走らないんです」
夏場の練習では、熱中症対策も大切だ。リスクを恐れ、活動そのものを中止する学童クラブなどもあるが……、安子さんの考えは違う。
「自分の身を守るのも自分」と猛暑のなか、どうすれば野球ができるかを、自分たちで考えさせる。
「水分補給はもちろんさせます。でも、うちでは『いつ水分を取れ』と指示はしません。水筒を準備させて、必要と感じたら飲むよう伝えています。指示待ちではなく、自分の判断で動ける、そういう人になってもらいたいんです」
数年前に、こんなことがあった。練習開始早々、ある子の水筒が空になってしまったのだ。
「聞けば、500ミリリットルのお茶しか持ってこなかったと。それで私、すぐ水道水を飲ませてから、叱り飛ばしたんです。『この暑さのなか、そんだけのお茶で命を守れると思ってるんか!』と。ウルフでは、水筒も子ども自身に用意させるよう、各家庭にお願いしています。真夏の練習にどれだけの水分が必要か、自分で考えさせるんです。翌週の練習? 叱られた子は重たそうに2リットル容器を2つも抱えてきましたよ(笑)」
安子さんのチームは野球の技術向上や試合の勝敗は二の次。学校での態度が悪いと聞けば、どれだけ上手な子でも、レギュラーから外すこともあれば、その子の親から「学校生活と野球、関係ないやろ!」と怒鳴り込まれることも。
「『なんでおばちゃんに、学校のことまで言われなあかんねん!』とね。でも、くどいようですけど、私はうまい選手を育てたいんと違う。家庭も学校もちゃんとできて当たり前、そういう人間になってもらわな困ると思ってるから。
なかには『試合に使ってもらえへんのやったらやめさします』という親もいます。そういうときは子どもと直接話します。『お前の人生なんやから、親に決めてもらうんやなく、自分で決めなさい』と。『自分で決めてよそのチームに移るんやったら、おばちゃんはずっと応援するで』って」
安子さんの目は“卒業生”たちにも配られている。「二十歳になるまではおばちゃんの責任や」が口グセの一つ。根底には「子どもの背中には親の名、学校の名、そしてウルフの名も張り付いている」という思いがある、という。
「『成長過程で世話になった人たちの名を汚すような、そんな大人にはなるな』ということです。
少し昔の話ですけど。中学生になった元ウルフのコが、やっぱり学校でやんちゃしてると聞きつけて。そのコの参観日に私、行きました。授業態度をしばらく黙って見てましたけど、やっぱりあまりにひどかったんで。『先生すんません、一発いきます』と断り入れて、後ろからパーンとはたいてやりました。はたかれたコ? 『な、なんで、おばちゃん来てるんや?』と驚いてましたわ(笑)。『なんで、ちゃうやろ! おばちゃん怒るのは小学生の間だけちゃうで。あんたがちゃんと大人になるまでは、責任あるんや。おばちゃん、いつでも来んで!』って言ってやりました」
50年を超す歴史のある山田西リトルウルフ。先述のT-岡田さんのほかにも、会社経営者や高校野球の指導者など、立派に成長したOB、OGが大勢いる。彼らから届く便りも、安子さんの楽しみの一つだ。なかにはこんな一文をしたためる“卒業生”もいる。
〈おばちゃんから言われたことが、最近になってようやっと、わかるようになってきました─―〉
「そりゃ、うれしいですよ。口やかましく、声をからして言い続けたことは決して無駄じゃなかったんやなと、そう思えるんです」
(取材・文:仲本剛)
【後編】夏の甲子園に負けない熱気!「山田西リトルウルフ」の棚原安子さん、少年野球チームを率いて50年へ続く
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