「23歳のころかなあ。売れない、食えない、壁にぶち当たった、役者やめちまおうかなと思ったときに『無名な役者には、まだ壁なんてない。お前はとにかく続けなくちゃダメだ』と言って叱ってくれたのが石ノ森章太郎さんでね」
そう話すのは舞台役者の梅沢富美男(63)。自分の無名時代を知る恩人からの言葉で役者を続け、その後、女形を始めると、梅沢の芸と美貌はたちまち評判を呼ぶ。女性週刊誌からは“下町の玉三郎”ともてはやされ、世の人々から激しく乞われた。
「人生がぐるっと一回転しちゃうほど。1件のギャラが700万円ってこともあった。女にもめちゃくちゃモテた、半端じゃなかったね(笑)。でも、天狗には一度もなってない。マッチ箱みたいな劇場から、日本中がビックリするような役者になって、贅沢といえば、劇団員と豪勢に酒を飲むことぐらい。よくテレビで『300年に一人出るか出ないかの役者だ』って言うんだけど、梅沢富美男のような役者は、しばらく出てこないでしょうね」
素顔は強面でいて、舞台では美しい女形。その秘密を「自分が素敵だなあ、触ってみてえなあと思った女性を演じているんです」と語る。
「自分が感じないと演じられないので。タイプは一概には言えないけど、いろんな人を素敵だと思う。だから、僕は女形で長く支持されてきたんじゃないかな。それと、女形のときは『見られている』『意識する』ってことを大事にしています。ただの女を演じてるんじゃなくて『今日、この劇場の中で、いちばんキレイだ』と思い込むことで、モチベーションを上げているんでしょうね」
中性的ではない、ダンディズムと女子力の二面性こそが、梅沢富美男の魅力なのだ。