「母を介護するようになって今年で11年目。当初は音楽活動を一時休止し、母の介護に明け暮れていました。毎朝8時前に起きて午後11時ぐらいに母を寝かせるまでずっと付き切り。その後、ようやく私のプライベートタイム。寝るのはいつも午前3時ごろでした」
と振り返ったのはジャズ歌手・綾戸智恵さん(57)。母ユズルさん(68)が脳梗塞で倒れたのが04年。以来10年の月日が流れた。綾戸さんが自らの介護生活を振り返ってくれた。
「2~3年前に靴箱を開けてみたら、お気に入りのハイヒールにカビが生えていた。介護にのめり込んで6~7年履いたことがなかったからです。履いていたのはウオーキングシューズ。着るものもシャツ類やズボン類で、動きやすくて汚れてもいいものばかり。もちろんお化粧なんかしたことはなかった。まさに“のりしろのない人生”を送っていたんです。母のことで自分に細かく“決めごと”を課して、自分を追い込んで追い込んで……」
こうした介護生活は、やがて彼女自身を追い詰めていった。
「余裕のない切羽詰まった生活を続けていると、心身とも疲れ果てて反動がきます。そうすると、魔がさすことがあるんです。母の寝顔を見ながら『母がこのまま死んでくれたら幸せやろうな』と。もっと言うと母の顔に濡れタオルを被せたら、苦しむことなく眠るよう逝ってくれるかなと思いました。そのとき母の耳元で『このまま一緒に死のうか?』と言ったら、母は『死のう。一緒に死のう』と言ったんです。当時は脳梗塞だけで、まだ認知症は発症していませんでした。その言葉を聞いて『ああ、この人は、ゆっくりと自分で死ぬ準備をしている』『だったら、私の気の迷いで殺すことはない』と思いました」
こうした体験を経て、綾戸さんの介護に対する考え方は変わっていく。いまは「自分のできることをする」、「ひとりで抱え込まず、借りられる手はすべて借りる」――。
「現在、母はデイサービスを利用しています。私にゆとりがあるときはうちにいますけど、仕事があるときは施設に預けて見てもらっています。いまの私は、これまで経験したことを教訓にして、決めごとをせずに、日々自然に生きています。そんな私を見て、このあいだも私のスタッフから『昔に比べて、ずいぶん丸くなりましたね』と言われました。以前の私は、はたから見てもイライラ、ピリピリしていたんでしょうね」