俳優、脚本家、演出家として活躍する宅間孝行(46)による涙の名作『歌姫』が再演されている。物語の舞台は土佐の漁港町。時代に置き去りにされたかのような映画館「オリオン座」は、経営者が亡くなりついに閉館の日が訪れた。故人の遺言により最後に上映されるのは1960年代の『歌姫』。それを見に東京から息子を連れた女性がやってくる。
「ノートに書き連ねたアイデアの大部分は使わずに没ネタになってしまいます。その中から映画館、昭和30年代、記憶喪失、土佐弁などいくつかのピースがうまくはまってできた作品というのかな。そして本作のラストは、映画にもなった舞台『くちづけ』と同様に『ニュー・シネマ・パラダイス』にインスパイアされました」(宅間・以下同)
イタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストシーンが琴線に触れる人は多いはず。宅間が生み出す作品も、大いに観客の心を揺さぶる。
「僕の作品の場合、お客さんは“ほろっとする”なんてもんじゃ許してくれなくて、号泣を期待しています。だから物語はどんどんせつなくなる。前作を超えなきゃいけないのが苦しくて」
映画館にまつわる宅間自身の思い出についても聞いてみた。
「埼玉県で下宿していた高校時代、映画は高崎へ見に行っていたんですよ。でね、先日、ひなびた映画館でロケをしたんですけど、駅から商店街を抜けて……ん?来たことあるなぁと思ったら、高校時代に通った映画館だったんです!しかも、名前はオリオン座。懐かしくて写真を撮ってしまいました。高校生禁止のピンク映画とかに男のコ仲間と、年齢をごまかしてこっそり。大学時代は、週末に新宿とかのディスコで知り合った女のコたちと遊んでね。終電を逃すとオールナイト上映とか見て、始発を待ったものです(笑)」
青春時代の自分との邂逅−−。『歌姫』には郷愁漂う古きよき日本がある。
「時代は敗戦から10年後。めった打ちにされてアイデンティティーが崩壊した日本が立ち直って、高度経済成長期に突っ込んでいくころ、マイナスから出発して今の生活基盤を作ってきた人たちの話。大きな傷を抱えた戦争体験者たちは、現代の僕らより優しかったような気がする。逆に彼らが今の政治や社会をどう思うだろう。僕の作品の中で唯一、反戦のにおいがあると思う」