人間は、広い世界のほんの一部で生きている。
全てを知ることはできない。
世界のどこかには、自分の知らない何かを熱狂的に愛してる人がいる。研究する人がいる。
そんな人が集まると、小さなブームになる。
誰かの世界を、少しだけ覗いてみちゃおう。
それが「うさこの覗いた世界」なのだ…!
最近全世界で増えつつある「ゲストハウス」。
どこかへ出かける際ホテルを探すのに値段が安い順で表示すると
大概、低価格のものはゲストハウスのオンパレードになる。
ゲストハウスといえば男女問わず何人かと共同で宿泊する“ドミトリー”が一般的。
「1ベッドいくら」という料金設定になっており、トイレやお風呂などは共用で使用する。
わたしはゲストハウスの存在を知っていたものの、
これまで泊まったことはなかった。
何故か。
それは旅行トンデモ体験記的なものを読みすぎて、「怖い」というイメージが付きすぎていたからである。
何かを盗られるのでは…。
男女の関係がもつれにもつれるのでは…。
陣地争いで殺伐としているのでは…。
ネガティブな妄想が尽きない。
だが、ネットで調べてみると日本におけるゲストハウスには全くそんな気配がなく
「町屋をリノベーション」「女性専用ルーム」「お茶飲み放題」など、魅力的な言葉がずらり。
ゲストハウスは、怖いものではない。
そう気づき始めたわたしは、実際にお邪魔して
値段だけじゃないゲストハウスならではの魅力を体感することに決めたのである。
京都、祇園四条の賑やかな喧騒を離れ
鴨川沿いを下って一本入ると、ひっそりとした花街が現れる。
その中でもさらに静かなところに、ゲストハウス“一空”はあった。
カラカラと戸を開けると、オーナーの川内さんが「どうぞ」と招いてくれる。
100年の歴史を持つ町屋のしんとした空気は、今はなきおばあちゃん家を思わせた。
入ってすぐの部屋は共同スペース。
中央に構えるこたつが、おいでおいでと誘惑してきた。
川内さんが一空を始めたのは3年前。
時々お手伝いを雇いながらも、ほぼ一人で切り盛りをしている。
元々保育士だった彼がゲストハウスを始めたのは、「人が好きだったから」だそう。
「これまで20ヵ国前後を旅しました。どこもおもしろくて、全部好きです。のんびりしたいときは山に行きますし、人と濃い時間を過ごしたいときはアジアに。それぞれの良さがある。いろんな国に行くともちろん大変なこともあって、ぼったくられたり、物を盗られたりすることは少なからずありました。オーストラリアのタスマニア島に行ったときは、車で山を登っていたら事故に遭い、フロントガラスを浴びました。助けを呼ぼうにも電波も通じないし、ヒッチハイクしようにも車もいない。必死で近くの町まで行って、お金もなかったんでホテルに泊まることも出来ず、“20ドルで泊めてくれへんか”と言って家々を回りました。血を拭きながら…」
背筋も凍るような恐ろしい体験である。
「もちろん断られ続けました。血だらけで、お金もない。僕でも泊めません(笑)でも、あるおばあちゃんが家に入れてくれて。最初は怪しみながらでしたけど、話をしていくうちに信じてくれて、ごはんを食べさせてくれました。おじいちゃんが帰ってきたら、結構な距離ある家まで車で送ってくれて…人のやさしさを感じました。それがあるので、やっぱり“困ってる人がいたら助けたい”って言う気持ちはすごくあります」
旅をしてきたなかで人からもらったやさしさが、“ゲストハウスをやる”ということの根底にあるのかもしれない。
「このゲストハウスは、日本人と外国の方が半々。高校生から60代まで、年代も様々です。どこのどんな人かに関わらず、こたつでくつろぎながら一緒にお話しますね。京都のオススだったり、深い話をしたり…。自分の話をしたい人もいればしたくない人もいるので、そこを見極めるのが大事かなとも思います。お部屋でゆっくりされたい方には、無理に話しかけず出来る限りゆっくり過ごしていただけるよう心掛けていていますし。こういう距離感の近さがゲストハウスのいいところ。ホテルだったら一緒にこたつに座ってみかん食うこともないので(笑)」
そんな距離の近いゲストハウス“一空”だが、部屋は2人部屋の個室。ベッド単位で借りるドミトリーと違い、部屋単位での貸し出しとなっている。
「最初は個室だけでなく、男女共同4人のドミトリーがありました。男しか来えへんやろと思ってたけど、意外にお客さんは女性ばかり。何か事件があったわけではありませんが、より安心感を持ってもらうために今年の10月全ての部屋を個室に改装しました。ゲストハウス初心者の方にオススメしたい部屋です!」
ゲストハウスが増えているなか、必要になるのはそれぞれの特色。
「お客さんにとってほっこりできる雰囲気を作りたい」という一空では、おじいちゃんおばあちゃんから譲り受けた家具を置いた京町屋で、こたつでみかんを食べながら語り合え、心から休める個室で眠れる。
さらに川内さんのゆったり感も手伝って、わたしもすっかりこたつから出たくなくなってしまった。
こんなに心から安らげる宿があったなんて…。
知らない土地に“家”ができる感覚。それはホテルでは決して味わうことができない。
大阪、難波から少し行ったところにある“GUESTHOUSE SUN”。
今年11月にできた新しいゲストハウスだ。
入った瞬間、そのかわいさに息を飲む。
正面に鎮座するおおきなくまさん、
あちこちに飾られるドラえもんやマリオ、富士山や日本刀。
“わくわく”が詰め込まれたような共同スペースが、宿泊者を待っている。
マネージャーの朴さんである。どういった経緯で、ゲストハウスに携わったんだろうか?
「私はもともと、ここの1号店であるGUESTHOUSEコマのお客さんでした!私は韓国人なんですけど、ワーホリで日本に来て。ちょうど震災後だったので、あんまりお客さんもおらんかったし、スタッフも少なかった。でも、そんな人が少ないときだからこそ結束が生まれた。職業もバラバラのいろんな人に出会えるのがたのしくて、ずっとコマにいました。お客さんから、住み込みヘルパーになり、スタッフになり…。結局3年いましたね!留学するのにたまたま日本を選んだだけで何にも知らずに来たんですけど、コマが大好きになってしまって、もう韓国に帰りたくなくて。それから気が付けば2号店のGUESTHOUSE SUNのマネージャーになってました(笑)」
なんと3年以上、ゲストハウスで過ごしたという。こんな形のゲストハウスとの付き合い方もあるようだ。自分がお客さんとして過ごしてきたからこそ、分かることがあるのでは?
「いろんな情報をフランクに聞けて、友達になれる。そういう気張らないところがゲストハウスのいいところ!だからわたしも、宿でのいい思い出を1個持って帰ってほしいんです。一番うれしいのは、一度来てくれた人がまた来てくれること!みんなが書いてくれるゲストブックも、毎日見てしまう。楽しみなんです」
ひとつひとつ楽しそうに語る朴さん。取材のあいだも共同スペースに次々人が訪れ、パソコンで作業を始めたり、友達同士でキャッキャしたりと各々の時間を過ごしていた。
このホテルは日本人と外国人が1:9というだけあって、外国人ばかりだ。
「ねえ、この辺りにおいしいお寿司屋さんない?」
カナダ人女性ふたりが朴さんに問いかける。3人で話し合うこの距離感は、まさにゲストハウスならでは。
ホテルのカウンター越しでは決してできない会話に違いない。
「わたしはダンスしたい!クラブはないの?」
時に笑いながら、ワイワイ喋り合う。
このゲストハウスはどう?とわたしが問いかけると、「かわいくてナイス!」という答えが返ってきた。
ふたりの楽しそうな姿が全てだ。
なんてことだ。
ゲストハウス、全然怖くないじゃないか。
むしろ取材に行けば行くほど今すぐにでも泊まりたいくらいだった。
もちろん共有するものがある分自己責任も増えるが、それ以上に得られることも多い。
知らない場所だからこそ、楽しく話ができる人がひとりできるだけで、景色が変わるのだ。
次の旅行はゲストハウスに飛び込んで、人との思い出を持って帰ろう。
そう決意を固めたうさこであった…。
【一空】
京都府京都市東山区新宮川町通松原下る西御門町440番6
http://ikkuu.s2.weblife.me/
一部屋(二人) 6,500~8,000円
【GUESTHOUSE SUN】
大阪府大阪市浪速区幸町2-1-3
http://www.guesthousesun.com/
ミックスドミトリー 2,800円
米原千賀子
ライター兼イラストレーター。へっぽこな見た目とは裏腹にシビれる鋭いツッコミで世の中を分析する。人呼んでうさこ。常に今日の夜ごはんのことを考えている食いしん坊健康オタクな一面も。webマガジンNeoLなどで連載中。