伊豆半島の付け根にあたる、静岡県東部の函南町。山の畑のいちばん奥、見上げる先に不思議な建物が立っていた。トトロの家?ホイップクリームのような白いドーム状の建物は、宮崎駿アニメに出てきそう。ポッカリ口を開けたオバケのようにも見える。
「これが“アースバッグハウス”です。先日、『スター・ウォーズ エピソード4』を見ていたら、砂漠の中にそっくりな家が出てきて驚きました」
そう語るのは、DIY(Do It Yourself=自分で作ること)で小さな家=タイニーハウスを建てた手塚純子さん(52)。アースバッグとは土嚢のこと。アースバッグハウスは、土嚢を積み上げて作った家だ。中東では千年以上の歴史を持つ家作りの工法で、柱がないため自由にデザインでき、自然素材を使うので、シックハウスなどのアレルギーとも無縁。日本でも、環境や自然への関心が高い女性の注目が集まっている。
アースバッグハウスに足を踏み入れると、太いチューブの輪が積み上げられた壁面が、柔らかいアール(曲線)を描いている。天窓から降り注ぐ自然光は思いの外明るい。壁面には丸い小窓が7つ開けられ、それぞれに7色のガラスがはめ込まれて、虹色の淡い光を透かしている。
「夏はひんやりで冬は暖かい。家じたいが蓄熱するんですね。湿気が多い日本には向かないといわれることもありますが、2年近くたっても、どこにもカビは生えていません」(純子さん・以下同)
純子さんは、全国でワークショップを開くアースバッグハウスビルダー・吉田鉄平さん(39)の指導を受け、2年前の5月に着工した。駆けつけた延べ30人の仲間たちとともにほぼ2カ月で完成させると、時をおかずに“軽トラモバイルハウス”にも取り組んでいる。
こちらは、軽トラの荷台に、こだわりの木材やデザインで手作りするタイニーハウスを載せたものだ。車体上部にソーラーパネルを設置し、電力を確保できるので、寝泊まりできる。「ジプシー号」と名付けた軽トラモバイルハウスで、昨年春には北海道、夏には高知と、日本全国を駆け回った。
「アースバッグハウスを作るまでは、トンカチすら手にしたことがなかったんです。実際に手作りしてみて、やっぱり楽しかった。それからはすっかりDIY女子です」
そう笑う純子さんは、50歳でDIYに目覚めた。前職は、美容師を経てフランチャイズ経営者。アースバッグハウスをきっかけに、これまで考えもしなかった未知の世界へ飛び込んでいる。
経営者時代は、京都の発毛専門サロンで経営手腕を発揮。二十余年、猛烈に働いた。ピーク時は30人近い従業員を指揮して、全国20位で引き継いだ店の売り上げを2位にまで伸ばした凄腕だ。2店舗を経営するまでになっていたが、48歳で引退。’11年に故郷・函南町に戻った。
多忙な日々から解放されたとき、見つけたのがアースバッグハウスの写真だった。「こんなの作りたい!」と無性にワクワクしてくる自分がいた。まるで幼いころの自分が“秘密基地”を見つけたときのように。
純子さんの次の夢プランは「昭和の家」だ。自宅裏にあった築50年の家を手に入れて、壁のしっくいを塗り直し、風呂をタイル貼りにしたりと、DIYリフォームを始めている。
「22年ぶりに地元に戻って、気づいたんです。空き家がいっぱいあるのに、周囲の山が削られ、新しい住宅が建っていく。まだまだ元気なお年寄りが、決められたようにデイケアに通う。『最近、蜜蜂が来なくなった』と言いながら、おばあちゃんが除草剤を使っている。どこかがちょっとずつおかしいんじゃないかって」
身近な町の問題を地域の皆で考えていけたら。そのために気軽に集まれる家。それが「昭和の家」のコンセプト。
「まぁ、自分の生まれ育った町に感じた焦りをなんとかしたいって感じかな。こぢんまりと。顔の見える範囲で」
ワクワクやときめきを形にする、小さくとも豊かな生き方がそこにはあった。