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「長期宿泊するかって?隣近所は帰らねぇのに、おっかなくって寝泊まりできるわけねーべ。賠償金をごっそりもらってるって誤解してるヤツらに、襲われるかもしれねぇ。そもそも病院もない、買い物する場所もコンビニ一軒だけ。なんでこの状態で、来年3月に避難解除できるんだ?」

 

そう語気を強めて話すのは、飯館村(福島県)の村民の川野和夫さん(仮名・65)。飯館村は、福島第一原子力発電所から約40キロ離れた人口約6000人の村。放射能汚染がひどかったにもかかわらず避難指示が遅れ、村民たちは、無用な被ばくを強いられた。現在も、全村民が避難中。これまでに約1、500億円つぎ込んで除染が行われてきたが、除染がすんだはずの道沿いでも、今なお毎時約0.8~1マイクロシーベルトもある(事故前の約30倍)。

 

しかし国は来年3月に避難指示を解除すると決定。これを受け、飯館村では今年7月から“長期宿泊”(お試し宿泊)を認めることになった。しかし、冒頭の川野さんのように、これを疑問視している村民は少なくない。

 

「村の診療所が再開するのは9月から。しかも内科のみ週に2回だけ。帰村するのは、ほとんどが高齢者なのに、大丈夫なんでしょうか……」と話すのは、伊達市に避難中の山野誠さん(仮名・45)。山野さんは、村長が村民の意見も聞かずに進める“ハコモノ”復興計画にも疑問を抱く。

 

「公民館の建設費用が約11億円。みちの駅に約9億円。今後ずっと維持管理費がかかってきますが、採算がとれるとは思えません」(山野さん)

 

現地を訪れると、村に不釣り合いな巨大な公民館が……。キャパ300人の音楽ホール、子ども向け図書室、研修室などが備わっているという。採算について、役場職員に尋ねてみると「まだ収支は考えていない」と語った。村の一般会計の予算額は91億5千800円。飯館村と近い人口規模の奈良県明日香村の軽く倍だ。うち、復興関係事業は約54億円で、国や県の補助金が約38億円もつぎ込まれている。

 

さらに山野さんが示してくれた予算書の項目には、なんと「ブロンズ像購入」「復興記念彫像等購入」といった名称で、合わせて2500万円近い事業費が計上されていた。「住民の希望や要望を聞いて復興計画をつくるのが本来のやり方なのに、村長は独断で決めている」と打ち明けるのは、村議会議員の佐藤八郎さん。このブロンズ像についても菅野典雄村長は「個人で多額の寄付をしてくれた方がいるので、その方の意向で建てる」と、議会で説明したという。村長の暴走ぶりについて前出の山野さんはこう語る。

 

「住民懇談会とかで要望しても復興計画書は配らないし、住民から意見を募る機会も積極的にもうけない。決まった後に、報告書も配ることもないんです」

 

その結果が彫像やブロンズ像では、村民ももうあきれるしかないだろう。一方で、長期宿泊を希望している吉野進一さん(仮名・67)も「公民館?つくるのはかまわねぇけど、生活保障のことも考えてほしい」と不安をもらす。というのも、村では現在、営農の再開を進めており、再開する農家には什器にかかる費用など、国からさまざまな補助金が出る。

 

「だけんど、(放射性物質が食物に移行しないかなどの)実証実験はこれから。かりに放射能が検出されなくても、風評被害で売れなかったら生活できねぇ。東電が買い取ってくれるのか」(吉野さん)

 

呼吸のたびに汚染された粉じんを吸い込む

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長期宿泊開始に先立ち、6月14日に福島市内で開かれた避難指示解除の説明会では、70代後半の男性が、国と村に対し賠償金について「オレは村に帰るが、子どもたちは帰らねぇ。わずか数万円の年金生活だが、いままでは家族いっしょだったから、生活できた。けど、これからは成り立たねぇ」と訴える場面があったという。すると、国の原子力災害現地対策本部の役人は、こう言い放ったという。

 

「ごもっともだが、みなさんが納得できる賠償にならないことは、ご理解ください」

 

ひとり月10万円の精神的賠償は、避難指示が解除された一年後の平成30年3月で打ち切られる。原発事故後、飯館村の空間線量や、食品の放射能測定を続けている村民の伊藤延由さん(72)は「飯館村の人々は、豊かな自然の恵みを食べて暮らしていた。だから収入が少なくても、豊かな生活ができた」と話す。

 

伊藤さんの調べによると、今年になっても飯館村の小宮地区から採れた山菜のコシアブラの放射性物質の値は、1kgあたり61727 ベクレル(Bq)という高い値が出ている(事故前はほぼゼロ)。

 

「村に戻れば、(数値の高い山菜も)食べてしまう。高齢者でも安心して生活できる環境ではない。とくに、子どもは戻ってほしくない」(伊藤さん)

 

昨年、伊藤さんはダストサンプラーを用いて、空気中の粉じんに含まれる放射性セシウムを調べた。すると、原発事故の影響が少ない長野県信濃町で0.009 mBq/立方メートルだったのに対し、除染のトラックが行き交う飯館村の県道12号線沿いでは、2.50 mBq/立方メートルの値が出たという。

 

「飯館村に住むということは、呼吸するたびに(汚染された粉じんを吸い込み)被ばくし続けるということなんです」

 

しかし菅野村長は今年4月、小中学校、保育園を飯館中学校の校舎に集約し、来年4月から再開させると宣言。現在、校舎を除染中だ。中学生の子どもをもつ中条しおりさん(仮名・44)は、「フレコンバッグ(除染ゴミを詰め込んだもの)が積まれている場所に子どもを連れて帰れません。私は、戻るつもりはありません」と言い切る。酪農を営んでいた長谷川健一さんも最近、チェルノブイリに視察に行ってきた経験を踏まえて、こう警告する。

 

「事故当時被ばくした親から生まれた子どもに、さまざまな疾患が生まれている。ベラルーシやウクライナでは毎年、子どもを汚染のない土地に保養に連れて行っている。ハコモノにお金使うなら、保養の予算をとってほしい」

 

長期宿泊の申し込み数は村民約6000人に対して、6月24日現在で100人程度。行政は今こそ村民の声に耳を傾けて、本当に必要なものに予算を割くべきではないか。

 

(取材・文 和田秀子)

 

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