「人口の多い都市で、何の対策もせずに赤字を出し続け、公的資金に頼っている病院に、存在意義はありません。2年前に独立行政法人化し、グループ全体で初年度は51億円の、病院の新築もした2年目も34億円の黒字を出しています。地方には赤字病院も存在しますが、独立行政法人のルールを守り、国からの交付金は1円もいただかずに黒字経営できている、日本唯一の公的病院機構が『JCHO』です」
そう力強く語るのは、全国の社会保険病院や厚生年金病院など57病院で構成される「地域医療機能推進機構」(JCHO)の理事で医師の内野直樹さん(66)。JCHOをけん引する内野さんは、公的病院が抱える問題に取り組み、再建してきた。内野さんは’14年、20年近く赤字が常態化していたJCHO東京蒲田医療センター(東京都)の院長に就任。このときの“改革”について振り返る。
「職員は自信喪失状態でした。“なんとかしよう”という意欲もなく、あきらめムードで元気がない。ところが“民間の病院とは違うんだ”という、公的病院のプライドは高い」(内野さん・以下同)
平気で遅刻し、昼から出勤する医師もいた。それなのに夕方5時にはタイムカードに退勤者の列ができるほどだった。患者からの評判も最悪だった。病院は最寄りの蒲田駅からタクシーでワンメーターだが、その移動中に運転手に「どんな病院ですか?」と聞くと、返ってくるのは「健康診断ならいいかもしれないけど、病気ならよそに行ったほうがいいですよ」というネガティブな答えばかりだった。
内野さんが始めたのは、先端医療機器導入や医療技術の向上ではなく、職員全員と面接し、意識を変えることだった。
「医師の能力は、それほど大きく変わりません。大事なのは患者と向き合う真面目さ、やる気です。それを感じられない医師には『あなたと一緒にできない。お辞めいただきたい』と言い渡しました。『不当解雇だ!訴えてやる』と怒る人、『じゃあ、残りの有休を全部使います』とそのままいなくなった人、いろいろでした」
49人いた医師は、内野さんが就任してたった1年で、異動した医師を除いて28人も辞めてしまったという。
「ダメな院長は、ダメな医師でも『いなくなると困るから』という理由で特別扱いします。そんなことをすると、志の高いほかの職員のやる気をなくすことにつながるんです」
医師や看護師以外の職員たちも、病院の危機が自分たちの危機につながることを実感した。
「350人の職員がいましたが、病院をなんとか再建しようと高い志を持ってくれたのは、70人に上りました。全体の1割から2割の同志がいれば“絶対に勝てる”と、以前、院長を務めていたJCHO相模野病院での経験で確信していました」
医療の安全を確保するために、職員にはミスを絶対に報告することを義務づけた。
「正直に申し出れば絶対に守る。そのかわり隠したり嘘をつけば放り出すと。大事なのは医療者としての倫理観。それがあれば、患者は信じて、病院に来てくれるんです」
上半期の2億円の赤字は、内野さんが院長に就任した直後の下半期で6,000万円までに圧縮された。さらに、コストを管理し、収益を増やすために入院患者も増やした。診療、病棟を担当すれば、医師も忙しくなり定時には帰れなくなる。夕方5時のタイムカードの前にできていた行列はなくなった。
「タクシー運転手に病院の評判を聞くと『最近、よくなっているという噂も聞くよ』と答えてくれるように。患者さんの信頼を得れば、職員も誇りを持つようになります」
院長就任の翌年の’15年には2,500万円の黒字を計上。今年4月に、次の院長に病院を託した。都市部でも大きな赤字を出している公立病院。職員や医師の高い志が、経営悪化の歯止めとなるようだ−−。