史上初となる米朝首脳会談が12日、開かれた。拉致被害者の帰国につながるか、朝鮮半島の非核化の第一歩となるか、悲願の和平実現の契機となるかー。長く国際情勢に翻弄(ほんろう)されてきた関係者は固唾(かたず)をのんで歴史的会談を見守り、その行方に期待を込める。
北朝鮮による拉致被害者横田めぐみさん=失踪当時(13)=の母、早紀江さん(82)は12日、川崎市内で記者会見し、トランプ米大統領が会談で、拉致問題を提起したと明らかにしたことについて、「よくここまできたという思い」と感想を述べた。
一方で「家族が帰ってくることが一番大きな問題。(会談で)大きな動きがあったが、簡単に喜ぶわけにはいかない」とも指摘し、日朝間の直接交渉の必要性を訴えた。
拉致問題はトランプ氏から提起されたが、共同声明には盛り込まれなかった。この点に関し、早紀江さんは「そう簡単にはいかないと思っている。日朝間で早く会談をしてほしい。後は日本政府が必死にやるしかない。しっかりとその姿を見せてほしい。悲観はしていません」と気丈に語った。
拉致問題が一向に進展しない状況が続いてきた。それだけに史上初の米朝首脳会談が、突破口になるのでは、と期待していた。
早紀江さんは「普通の人間らしい生活ができるようになることが一番の望み」と強調。「私たちも年を取っている。これが最後のチャンスだと思っている。安倍晋三首相も一生懸命頑張ってくれている。目が開いている間に一刻も早く、再会の時を与えてほしい」と願った。
入院中の夫滋さん(85)には、この日の会談について「すぐには解決しないけど、もうちょっと頑張れば会えるから」と伝えるつもりだという。
◆在日コリアン 雪解けに願う未来
出掛ける直前までテレビ画面に見入っていた。「あれほどののしり合っていた2人が固く握手をしていた」。在日コリアンが数多く暮らす川崎市川崎区の趙(チョウ)良葉(ヤンヨプ)さん(80)は米朝首脳の対面に破顔し、虚心に喜びを表現した。
痛む膝を押して向かった市役所。地元選出の市議を前にヘイトスピーチ対策を訴えた。「国籍が違うというだけで差別される。罪のない孫やひ孫がその現実を知ったときの絶望を思うと、かわいそうすぎる」。3日にも「ウジ虫、ゴキブリ、日本から出て行け」と叫ぶヘイト集会が開かれたばかりだった。「いまさら出て行けと言われるくらいなら、死んでしまいたい」。憤怒にそんな言葉が口を突いたこともあった。
母に抱かれ、生後6カ月で海を渡った。日本による植民地支配という歴史の荒波に苦難を強いられてきた。米ソ冷戦下の朝鮮戦争を経て、姉は帰国事業で嫁ぎ先の家族と北朝鮮へ渡り、音信が途絶えて久しい。日本社会にも南北分断の悲劇は刻まれていた。
日本の対北朝鮮敵視政策に後押しされ、半島情勢が揺れるたび「朝鮮人をたたき出せ」というヘイトスピーチは勢いを増してきた。二重三重の錯誤の背景にある米朝対立の雪解けに願う未来がある。「国が動き、世界が動いている時代。今まさに仲良くしましょうと話し合っている。日本から、アジアから差別をなくしていけば、どれだけいいか」。和平への一歩にまだ見ぬ安寧を重ねた。
◆被爆者・専門家 「非核化へ初めの一歩」
「(金正恩(キムジョンウン)氏の決意が)本当なら喜ばしいし、歓迎したい」。県原爆被災者の会の中村雄子さん(86)=平塚市=は米朝首脳会談の共同声明に盛り込まれた朝鮮半島の「完全な非核化」に期待感をにじませた。
13歳の時、広島市内の航空機部品製造工場で被爆した。ことし3月末に高齢を理由に4年間務めた会長職を退いたが、「原爆の恐ろしさを伝えられる最後の世代として、過去の話ではないと訴え続けている」。
今回の会談では、核兵器の廃棄・搬出や期限など非核化の具体的な道筋は示されなかった。それでも、「多くの資金と労力をつぎ込んだ核を廃棄するまでには長い交渉が必要になるのでは」と冷静に見つめる。
「朝鮮半島の非核化は初めの一歩」と中村さん。視線の先には、米英仏など核保有国を含めた「核なき世界」がある。「日本は唯一の被爆国。世界の誰一人として同じ犠牲を生んではいけない」と力を込める。
「北朝鮮が完全な非核化を約束し、米国が体制保証を確約する。最低限合意すべきだと思っていた2点が実現した」
そう評価するのは、平和問題に取り組むNPO法人ピースデポ特別顧問の梅林宏道さん(80)=横浜市港北区=だ。
「ただ、いずれも内容が曖昧で、具体化していくプロセスが重要になる」と指摘。今後開催されるべき実務者協議の方向性について、現段階で具体的な情報がない点を気に掛ける。
一方で会談は、自身が提唱する「北東アジア非核兵器地帯構想」実現の第一歩と期待する。
日本と韓国、北朝鮮を非核兵器地帯とし、核兵器保有国の米国、中国、ロシアを含めた計6カ国で条約を締結する構想だ。
「日本が米国の核の傘から脱却し、世界の非核化のリーダーシップを担う契機となる」とし、日本政府の積極的な関与を求める。
◆基地周辺 歓迎、様子見……評価割れ
北朝鮮情勢が緊迫するたび、緊張感が高まるのが県内の米軍基地周辺だ。基地の街に暮らす住民は「緊張緩和につながる」と期待しつつ、北朝鮮のこれまでの動向を踏まえ、米朝合意の今後を注視している。
米海軍などの基地を抱える横須賀。2013年には北朝鮮が青森、沖縄とともに名指しし、「(弾道ミサイルの)射程圏内だ」と攻撃をちらつかせたこともあった。
夫が米海軍横須賀基地で勤務する主婦(44)は「基地があると標的になるのでは」と不安を感じてきた。それだけに「(米朝が)友好関係を築き、北朝鮮が世界に向けて情報を開示するきっかけになれば」と期待。上地克明市長も「北東アジアの平和に向け、第一歩を記したと信じたい」と歓迎する。
一方、米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)。米海軍の空母艦載機による騒音に住民は長く苦しむ。
大和市在住の70代の女性は基地の近くに住んで約40年。「静かな空」は一向にかなわず、むしろ騒音に「慣れた」とつぶやく。北朝鮮の態度軟化を「自国の窮乏を脱したいだけ」と懐疑的に捉え、「基地がある以上、(騒音が深刻な状況は)変わらないのでは」と慎重な姿勢を崩さない。
それでも「静かな空になる可能性はある」と力を込めるのは、米軍基地の監視に取り組む団体「リムピース」共同代表で相模原市議の金子豊貴男さん。朝鮮半島に真の融和が広がれば、軍備増強もある程度、必要なくなるとみるからだ。金子さんは「合意は歴史的だが、まだ第一歩。今後を注視したい」と述べた。