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近畿在住の70代女性は夫と死別して一人暮らしをしていたが、1年ほどしてから「夫が生きている」と口走って夜中に外を歩き回るようになったため、慌てた娘に連れられて精神科病院を受診した。

 

この女性の診察にあたった、ひょうごこころの医療センターの小田陽彦認知症疾患医療センター長が、当時の状況を次のように話す。

 

「お薬手帳を見ると、受診の1カ月前から『ベンゾジアゼピン受容体作動薬』という抗不安薬が投与されていました。いわゆる安定剤です。本人に事情を聞くと、『夫が亡くなってから1年たつのに不安が一向に収まらない』とかかりつけ医に言ったところ処方されたようです。じつはこの薬は、65歳以上の人が飲むと幻覚妄想を伴う意識障害(せん妄)や認知機能障害を起こしやすいので、副作用の可能性を考えてすぐに中止し、外来で経過をみました。すると翌々週には幻覚妄想や徘徊といった症状がすっかり消えたのです。よくなったので精神科への通院は3回ほどで終了しました」

 

「認知症」とは、「もの忘れ、言葉が出にくい、段取りができない」といった症状により生活に支障をきたしている状態を指す。アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症の4つが代表的な認知症を引き起こす病気(認知症性疾患)だが、日本神経学会のガイドラインによると、認知症の症状が出る病気は、じつに60種類以上もある。

 

【アルツハイマー型認知症】

記憶をつかさどる海馬を中心に脳が萎縮する。直近の出来事を忘れる、日付がわからなくなる、判断力が低下する等の認知機能障害が起こる。

 

【血管性認知症】

脳梗塞や脳出血などで起こる。損傷血管の部位によって症状はさまざまで認知機能障害以外に歩行障害、排尿障害などが現れることがある。

 

【レビー小体型認知症】

脳にレビー小体という異常構造物が出現する。認知機能障害以外に幻視(70%)、パーキンソン症状(77%)など多彩な症状がみられる。

 

【前頭側頭型認知症】

人格をつかさどる前頭葉や言語をつかさどる側頭葉が萎縮する。異常行動が目立つ(行動異常型)前頭側頭型認知症や意味性認知症がある。

 

「そのなかには、治る可能性があるものも含まれます。しかし、きちんと病気を探さず、もの忘れが起きたら何でも、『アルツハイマー型』と診断を下してしまう医師も多く、すぐに抗認知症薬が処方されたためにかえって体調を崩してしまうケースもあるのです。特に多くの薬を投与されている65歳以上の高齢者は注意が必要です。薬の種類が増えるほど薬同士が合わないことによるトラブルの可能性は高まりますし、65歳以上になれば誰でも薬の副作用は出やすくなるのです」(小田センター長・以下同)

 

冒頭の女性のように薬の副作用が原因で認知機能障害が起こるケースは多く、抗不安薬のほか睡眠導入剤、総合感冒薬、胃酸を抑えるH2受容体拮抗薬などは要注意だという。

 

もの忘れがひどくなる脳の病気には、前出の4大認知症のほかに、脳を覆う髄液が脳内で滞り脳を圧迫する「正常圧水頭症」や、頭を打った後しばらくしてから血腫が頭蓋骨内にできて脳を圧迫する「慢性硬膜下血腫」がある。いずれも外科手術で症状が改善する可能性があるという。ほかに、飲みすぎていたお酒を断つことで、認知機能が元に戻ることも。

 

「ほかに、甲状腺ホルモンが不足して代謝が低下することで認知機能障害が起こる『甲状腺機能低下症』はホルモン補充療法で、ビタミンB12欠乏症による認知機能障害はビタミン補充療法で改善されることがあります。大切なのは、治るかもしれない認知症を見逃さないことなのです」

 

見逃しを防ぐためにも役立つのが「お薬手帳」。認知症が疑われた際は、医師に今飲んでいる薬をきちんと確認してもらうことがカギだ。お薬手帳の確認がないまま問診だけで抗認知症薬が処方されているのであれば、薬剤師か別の医師に相談してみよう。

 

「抗認知症薬を服用するのであれば、その前にCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)といった頭部画像検査と血液検査は必ず受けましょう。それらなしに正確な診断は不可能だからです。検査なしでいきなり抗認知症薬を処方されている場合は、医師に事情を聞いたほうが無難です」

 

もの忘れが激しくなると、自分で体調不良の原因や経緯を医師に正確に伝えられなくなるので、家族など周囲の協力も不可欠だ。

 

「ご自身で体調の異変に気がつかないときでも、ご家族が『いつごろからどんな症状が起きたのか』といった情報を把握してもらえると医師としては助かります」

 

誰にでも起こりうる認知症。気になる症状が出たときでも、“治るかもしれない可能性”を見過ごさないよう気をつけたい。

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