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「信じてくれた人がいたと僕はわかっていますし、信じてくれていた人のためにも準備して、何よりも自分のために準備してきました」

 

「この4年間、いろいろな声を耳にして、目にしたし、感じることもありましたけど、それを無視してやってきてよかったと思います」

 

11月24日、こう語ったのはサッカー日本代表の浅野拓磨選手(28)だ。この日、「FIFAワールドカップカタール2022」グループE第1節で、強豪・ドイツ代表と戦った日本代表。前半にPKで先行を許したものの、後半に堂安律選手(24)がゴールを決めた。

 

さらに57分、前田大然選手(25)に代わってトップの位置に浅野選手が入った。すると浅野選手は83分、板倉滉選手(25)のロングボールに抜け出して強烈なシュート。結果、日本はドイツに逆転勝利。試合後、浅野選手は冒頭のように語った。

 

この試合は大きな注目を集め、NHKの生中継番組は瞬間最高視聴率40.6%を記録。また、ネットでは《今日のベストプレーは浅野のゴール》《浅野天才すぎる》と浅野を称える声が続々と上がっている。

 

「4年間で、いろんな声を耳にした」という浅野選手。“逆転ゴール”までの道のりは決して平坦ではなかった。

 

’15年7月、「東アジアカップ2015」のタイミングで日本代表メンバーに初めて選出された浅野選手。’16年1月の「リオ五輪アジア予選」の決勝では、強豪・韓国から2ゴールを決めた。

 

しかし’19年1月の「AFCアジアカップ2019」では負傷し、開幕を控えるなか不参加に。その後も成績は芳しくなく、今年3月の「カタールW杯最終予選」にスタメンとして参加した際には、田中マルクス闘莉王(41)がYouTubeチャンネルで「なぜ浅野なのか」と批判していた。

 

そんな浅野選手のことを一番「信じてくれていた人」とは、家族なのかもしれない。本誌は’16年2月、浅野選手の母・都姉子さんに取材。都姉子さんの語るエピソードからは、浅野選手の並々ならぬ家族愛が伺えた。

 

三重県菰野町で7人きょうだいの3男として育った浅野選手は、小1の時に2人の兄が在籍した地元のサッカー少年団に入団。都姉子さんはこう振り返っている。

 

「勝ちにこだわらずに、技術を磨こうというのがチームの方針。試合で負けてばかりでおもしろくないだろうなと思いましたが、『こんなワザができた、あんなワザもできた』と、兄と競い合って楽しんでいました。大の負けず嫌いでしたが、身長は低く、クラスではいつもいちばん前でした」

 

その後、成長期に差し掛かるとグーンと身長が伸びた。食べ盛りの男兄弟たちを育てるには夫・智之さんの給料だけでは足りず、都姉子さんはスーパーのレジ打ちなどのパートをして食費を稼いだ。

 

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出典元:

WEB女性自身

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