4月上旬、朝からの強い雨がやんだ昼下がり。渋谷区の閑静な住宅街に現れたのは、髪を後ろに結び、紙袋を提げた眼鏡姿の女性。
ジーンズにベージュのニットを合わせ、その首元には同じくベージュのストールがさりげなく巻かれている。素朴な格好で街を歩くこの女性は、女優の倍賞美津子(79)だった。
かつてインタビューで《シワ1本にも、笑ったり泣いたりしてきた私の人生が刻み込まれている。だから、シワは私の年輪なの》(『婦人公論』’09年4月22日号)と語っていた倍賞。その言葉のとおり、化粧っ気のない風貌だが、静かに放たれるオーラには大女優の貫禄が漂っていた。
3月には姉の倍賞千恵子(84)が、木村拓哉(53)と共演した『TOKYOタクシー』で第49回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を45年ぶりに受賞したことが話題を集めたばかり。
妹の美津子も昨年、ドラマ『晴れたらいいね』(Prime Video、テレビ東京系)に出演するなど、女優として活躍を続けている。そんな彼女は’23年『FRIDAY』で’19年に兄が亡くなって以来、練馬区で義理の姉と一緒に暮らしていると報じられていた。
「いまだに出演オファーも多く届いているようで、練馬の実家では女優継続のために日々ジムに通っていたそうです。スーパーで自ら食材を購入する姿もよく目撃されていましたね」(倍賞家の知人)
なぜ倍賞は渋谷区の住宅街にいたのだろうか。本誌は後日、倍賞に事情を聞いた。
――練馬区から渋谷区にお引っ越しされたのでしょうか。
「そうなんです。ちょっと懐かしくなって」
――倍賞さんにとって思い出の場所なのでしょうか。
「結婚して子供が生まれて以来、ずっとここに住んでいたんです。知り合いも多くて、練馬とは違うからいまだにここが好きなんです。ここで一人で生活しながら、渋谷と練馬を行き来しています」
そう言って倍賞はその場を立ち去っていった。渋谷区に棲家を移した背景には、倍賞が「アントン」の愛称で呼んでいた元夫のプロレスラー・アントニオ猪木さん(享年79)との思い出が関係していたようだ。
「倍賞さんは’67年に『純情二重奏』で姉の千恵子さんと異母姉妹を演じて映画デビュー。その後は松竹に入社し、同社の看板女優として活躍を続けました。
人気絶頂のなか、’71年、24歳の倍賞さんはアントニオ猪木さんとの結婚を発表。その意外な組み合わせは世間を驚かせ、1億円を投じた京王プラザホテルでの超豪華な結婚式も話題となりました。
当時、会社からは『今結婚なんかしたら、もういい役はこないよ』と忠告されたそうですが“そんなことは構わない”と、猪木さんへの強い愛から結婚を決断したそうです」(芸能関係者)
