2025年3月13日、陸上自衛隊のレンジャー(特殊訓練を受けた精鋭)を養成するための訓練中に41歳の2等陸曹が亡くなった。
事故はロープを使った降下訓練中に、高さ約15メートルの訓練塔最上部にいた隊員が携行していた重さ約7キロの機関銃を誤って負い紐から落とし、地上で安全係を担当していた2等陸曹を直撃したという重大かつ深刻なものだ。
2等陸曹は病院に搬送されたものの、心損傷による出血性ショックで同日21時25分に死亡が確認された。
いま、遺族は陸自側の対応に不信感を抱き、今年3月に国を相手に約1億3767万円の損害賠償請求を起こしている。原告となったのは、2等陸曹の妻と2人の子供、そして両親だ。
今回、事故の重大性を鑑みて、ご遺族の許諾を得たうえで、提訴した2等陸曹の妻が、第1回弁論で裁判官に提出して証言台で読み上げた陳述書の全文を掲載する(改行と見出しは本誌による)。
■「医師から2時間心肺停止、これ以上の延命は望めないと説明を受け」
2025年3月13日、私たちは大切な家族を突然失いました。
事故の連絡がきたときのことは今でも忘れることはできません。この日は夜の訓練があるので帰りは遅くなると聞いていたので、子どもと3人で夕食を食べている途中でした。「○○○が訓練中に怪我をして病院に運ばれたので行ってもらってもよいですか? ご両親にも連絡を取ってもらいたいです。」というような内容でした。夕食を中断し慌てて子どもたちと家を出ました。このときはまさか二度と会えなくなるとは夢にも思いませんでした。
今考えれば、大した怪我でなければ夫本人が電話を掛けてきたはずです。本人が電話できないほどの状況だったとは考えもしませんでした。病院に到着し、自衛隊の方から心肺停止だと聞かされ頭が真っ白になりました。病院に向っているお義母さんにも伝えることができませんでした。
その後、医師から心臓が傷ついたこと、傷は塞いだが出血が多く搬送されてから2時間心肺停止である、これ以上の延命は望めないと説明を受け、なんと返事をしてよいのかわかりませんでしたが、もう選択肢はありませんでした。
あの日の夜のことは忘れたくても忘れることができません。そして今でも現実を受け入れられずにいます。
悲しみに浸る間もなく、事故や補償の説明を受けました。その時に初めて訓練がとても危険な状態で行われていたこと、教官を含め負い紐の確認をしていなかったこと、またその負い紐が官用品でなく私物であることなどを知りました。そして、負い紐が外れた原因は調査したが不明と説明されましたが、あまりに訓練がずさんで責任感が感じられず、とても納得できるものではありませんでした。
その後、加害者等の処分が公表され、加害隊員が停職1日、訓練の指導や計画にかかわった陸佐が減給1か月、佐官が戒告と知り、夫の命が軽視されていると感じました。
不信感が少しずつ募る中で、説明から1か月程度経過したころに警務官より検察に提出する供述調書の作成を求められ、そのときの心情を述べました。
私は一人では不安があったため、義母や家族の同席をお願いしましたが、妻である私しか対象にならないと言われ、断られました。義母や家族は文書での提出を求められただけで、直接心情を聞いてくれることもありませんでした。
そして作成された意見書は検察に提出され、裁判になるかどうかが決定されること、裁判の日程が決まったら連絡をすると聞かされました。
