■「相手が子どもなら謝罪はしなくてもよいのでしょうか」
しかし、その後自衛隊から裁判の連絡が来ることはありませんでした。8月に駐屯地へ出向く機会があり、裁判はどうなっているのか、加害者は今どうしているのかと尋ねました。すると、裁判については検察から連絡がないためわからないこと、そして加害者はすでに職場復帰していると聞きました。
私はなぜ?と思いました。なぜなら、私たち家族は加害者に精神誠意ある謝罪を受けていません。子どもたちもそれを望んでおり、自衛隊側にも伝えていましたが、今現在にいたるまで叶っていません。
相手が子どもなら謝罪はしなくてもよいのでしょうか。なにかやましいことでもあって謝りに来れないのでしょうか。国民を守るという自衛隊が、こういうことでよいのでしょうか。
私は事故当初、加害者に対して決して許されることではないが、故意でなく責めてはいけないと思っていました。しかし、安全管理の怠慢、誠意のない謝罪、そして自分だけ日常を取り戻しているという現実に今は怒りしかありません。
義母からは弁護士に相談することを勧められていましたが、私はなかなか決心がつきませんでした。裁判になればまた悲しい事実と長く向き合わなければなりません。夫が戻ってくるのであればどんなことでもしますが、その願いは叶いませんし、私たちは夫の分まで生きていかなくてはいけません。
それよりは早く終わらせて前を向いて子どもたちと生活していくほうがよいのではないかと悩みました。
そのため、私たちは自衛隊側に事故の原因の追究と誠意ある対応、謝罪を期待しました。
しかし、説明を受ければ受けるほど、曖昧な説明、質問をうやむやにし時間を稼ぐ姿勢、補償金で早く解決しようとする態度などから、歩み寄ることは難しいと感じ、弁護士に相談する決断をしました。
弁護士に相談してから、このまま黙っていては刑事事件は不起訴になる可能性が高いことや、加害隊員や上官の懲戒処分についても私たちの異議の申し立てを諦めさせようとしていることを痛感しました。
■「この事故を未来に残していくため」に訴訟を決意
子どもたちが将来、この事故のことをどの程度記憶しているか、どう感じるかはわかりません。でももう一度事実を知りたいと思った時に、しっかり伝えられる母でありたいと思いました。この先二度と同じような事故で悲しい思いをする人たちが出ない未来のために、夫の死が無駄にならないために、提訴することを決めました。
夫は真面目で優しくてひょうきんで誰からも好かれる人でした。夫が亡くなってから、夫の同僚や友人とお話しさせて頂く機会が多くありましたが、楽しく面白い話しばかりで、本当にみんなから愛されていたんだなと感じました。
子どもが産まれてからは、とにかく家庭を第一に考え、仕事から帰ってきたら子どもと散歩へ行ったり遊んだり、近くのグラウンドで野球練習をしたりしていました。家では子どもたちと一緒にふざけ合って、笑って、それが当たり前の日常でした。そんな父親が子どもたちも大好きでした。美味しいものを食べたり、旅行へいったり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、もっともっと一緒に過ごしたかったです。
私たち家族は、この一年、一日一日をとにかく一生懸命過ごしてきました。夫が残してくれた子どもたちと家族の支えもあり、なるべく笑って過ごせるように、3人での生活を大切にできるようにしてきました。しかし悲しみが癒えることはありません。
裁判官には、まだ小学生の子どもたちの父親と私の大切な夫を、突然ずさんな訓練によって奪われたということ、この事故の事実を未来に残していくために訴訟を起こすことしか方法がなかったことを理解していただきたいと思います。(以上)
■訴訟提起後、「年金」と「奨学金」の手続きが停止され
自衛隊側に遺族が損害賠償請求を弁護士に依頼する意向を伝えたところ、公務災害補償である遺族補償年金と、子どもたちへの奨学援助金の支給手続きが停止された。
事故から1年以上が経過した今も、これらの補償は支払われていない。国を挙げて自衛隊の「待遇改善」に取り組むなか、この現実を政府はどう考えているのか。
次回の弁論は9月15日に予定されている。
【後編】「年金と遺児の奨学援助金の支給手続きを止められて…」陸自レンジャー隊員が訓練中に死亡…妻が訴える自衛隊の“理不尽対応”へ続く
画像ページ >【写真あり】4月21日、砲弾破裂事故の会見を行う陸自トップの荒井正芳陸上幕僚長(他1枚)
