2026年7月、奈良公園に生息するシカの頭数が過去最多の1,687頭に達した。観光客による過剰な餌やりが個体数増加の一因とされる。公園の面積に当てはめると、1平方キロメートルあたり330頭という極めて高い密度になる。
「神の使い」とされる奈良公園のシカの観光効果は絶大で、「鹿せんべい」も外国人観光客の増加とともに、売上げも急増。最近では売れ切れ続出という報道も。その一方で、全国的な鳥獣被害の象徴として注目されている。
「じつは、日本列島全域が奈良公園化しつつあるのです」
こう警鐘を鳴らすのは、生態学者であり、鳥獣害対策コンサルタントとして活動する株式会社うぃるこの山本麻希代表取締役。
獣害というと、近年はクマによる人的被害が関心を集めているが、農林業への被害という観点ではシカによるものが圧倒的に多い。農林水産省によると、2024年の野生鳥獣による全国の農作物被害額は188億円。そのうち79億円がシカによる被害だ。
「日本で最も恐ろしい動物はシカです。旺盛な採食性を持ち、ほぼあらゆる植物を食べます。農作物では、葉物野菜だけでなく果樹の果実や枝葉、しいたけも食べます。さらに生息密度が上がれば下層植生(低い植物)を一掃し、生態系そのものを破壊します。また増加率は20%ほど。つまり、5年でシカの個体数は倍増する強い繁殖力も脅威です」(山本さん、以下同)
シカは1頭あたり1日に5~6kgもの植物を消費する。1平方キロメートルあたり5頭前後では被害はほぼ生じないが、10頭を超えると農作物被害が発生し始め、15~20頭で森林の下層植生が急速に失われる。30頭以上では山の植生は壊滅的となり、50頭を超えれば土砂災害のリスクすら高まるという。
「長野県の中央アルプスや南アルプスではすでに50頭/㎢を超える地域があり、山肌が“はげ山”化する事例も出ています」
国は2011年度を基準年に、シカの個体数を10年かけて半減させる計画を立てたが、2025年度までに目標を達成できず、2028年度まで延長された。背景には、個体数推定の不確実性や、捕獲の担い手不足、高齢化による冬期捕獲の停滞がある。とりわけ東北・北陸では、過疎高齢化と雪国特有の条件が重なり、シカの分布拡大と被害の深刻化が進んでいる。
「防護柵は、シカによる農業被害を抑える有効な手段であり、とくに電気柵やワイヤーメッシュ柵の導入によって被害額は一定の減少を見せています。しかし、柵の設置方法や維持管理が不十分だと効果は薄れます。また設置から電気柵で8年、ワイヤーメッシュ柵でも15年前後で耐用年数を迎え、資材の劣化や管理者の高齢化による維持困難も課題。さらに、シカは生態系を破壊するほど増加するため、防護柵だけでは限界があり、個体数管理と併せた総合的対策が不可欠です」
そして今回、奈良公園で過去最多を記録したシカの群れは、全国で進む「奈良公園」化の象徴でもある。増えすぎたシカによって、世界遺産である春日山原始林では、植物の葉や樹皮を食べる食害が深刻化して、森林の荒廃が問題視されている。また、奈良公園の周辺の市街地に定住し、庭木や家庭菜園、花壇などの植物が食べ尽くされる被害が相次いでいる。今後、増えすぎた奈良公園のシカの個体数制限が行われるのか……。
「奈良公園のシカは天然記念物ではありますが、エリアによっては個体数管理が行われることが認められています。奈良公園でのシカ対策は、日本全国で野生動物による被害の実態に目を向けることにつながり、大きな意味があります」
奈良公園においても、科学的な個体数管理と地域住民・行政・専門家が連携したシカ対策が必要になるかもしれない。
画像ページ >【写真あり】シカによる「ハゲ山化」が進んだ山林(他1枚)
