「もういらん! 酒はいらん!/次に飲んだら俺は死ぬ/ほんまに死ぬ/もう助からん/どんなに飲めなくて/苦しくても/もう俺は生まれ変わった」
夫に酒をやめてほしい。そんな一心で、妻が作った曲が感動を呼んでいる。
プロボクシング元世界チャンピオンの井岡弘樹さん(57)が、大阪府にある自宅トイレで下血したのは、2025年10月18日深夜のことだった。
「あの夜、主人がトイレから出た後、便器がドス黒い血で染まっていたんです。すぐ救急車を呼んで、私は主人に付き添いました」
そう振り返るのは妻の絵美さん(55)だ。診断は食道静脈瘤破裂。緊急の内視鏡手術が行われた。
「しかし、医師からは『助からないかもしれません』と言われました。アルコール依存症による肝機能低下が原因と考えられ、命の危険を伴うと言われたんです」
弘樹さんは、指導してきた甥の井岡一翔選手(37)が日本人男子初の世界4階級制覇王者になったことでも知られている。
■コロナでジムが経営危機、自宅での酒量が激増
現役時代は2階級で世界王者になり1998年に引退。2000年に、ジャズシンガーとして活動していた絵美さんと友人の紹介で食事した。
「でも、そのときはそれきりで、1年以上たった後に、突然電話がかかってきました。『ご飯に行かないか?』って」
ボクシングに興味はなく、選手時代の弘樹さんも「知らなかった」絵美さんだったが、彼の性格に引かれていった。
「ボクサーというと強面でゴリゴリのイメージでしたが、彼は鎧をつけていないというか、やさしい人で『ありがとう』や『ごめんなさい』をすぐ口に出せる人でした。いっしょにいて、私もカッコつけなくていいし、楽だなあと」
約5カ月間の交際を経て、弘樹さんが2002年8月にジムをオープンした直後に同棲をスタート。翌2003年2月1日に結婚した。長男(20)を出産したのは結婚3年目のこと。
「結婚して間もなく、一度妊娠したんですが、稽留流産で心音が聞こえませんでした。その後、不妊治療をして、2006年4月19日に無事に出産したんです」
公私ともに順調だったが、2020年からの新型コロナ禍の影響を受け、「井岡弘樹ボクシングジム」の経営は一気に傾いてしまう。
弘樹さんが振り返る。
「緊急事態宣言が出て、営業自粛を強いられました。会員さんが来られない状況で休業せざるをえなくなり、売り上げがほぼゼロに。僕も自宅待機でずっと家にいて、なにをすればいいかわからなくなってしまいました……」
そこから、お酒の量が増えた。それまでは「晩酌程度」だったのが、日中、することもなく家にいるため昼間から飲むように。
「朝起きて、まず飲む。少し寝て、昼間に飲んでまた寝る。夕方に起きてまた飲む状態になりました」
多量の飲酒を続けると肝臓疾患、糖尿病、がん、認知症など深刻な病気の原因となる。さらに短い間隔で飲酒を繰り返す連続飲酒の状態になれば、生活が破綻していくことも多い。
「僕は酔って記憶をなくしても、まさか自分がアルコール依存症とは思っていませんでした。でも、そのころには25度のワンカップ焼酎(200ml)5本をストレートで一気飲みしてしまうほどだったんです」
酒をあおる夫に対して、絵美さんは当然、注意し、怒るが、弘樹さんは「出ていけ、別れるぞ!」と大声を張り上げたという。
「主人はそう言って暴れるんですが、酔っていてフラフラなので、トイレにこもって寝ちゃうんです。結局は息子といっしょに、トイレから引きずり出していました」
飲酒が見つかれば怒られるから、隠れて飲むようになる。
「トイレの洗面台や、トイレットペーパーの裏、たんすの引き出しなんかにお酒が隠してありました」
絵美さんが「飲んだんじゃないの?」と問い詰めれば、夫は「飲むわけないやん、俺が嘘つくと思ってんの?」と返す。
「私が押し入れにしまっておいた高級焼酎『森伊蔵』も、あるとき空っぽになっていました」
当時の夫の口癖「俺は依存症じゃない。いつでも酒をやめられる」は、アルコール依存特有の「飲酒の正当化の心理」そのものだった。
