image

連載第20回  フィギュア日本代表は、キャロラインの魅力に学べ!

冬季オリンピックが近づくにつれ、欧米のお茶の間でも話題沸騰の競技といえば、フィギュアスケートです。彼らの目に映るフィギュアスケートの魅力は、容姿や体力、技術面だけではありません。
そこで、出張で来た当地ヨーロッパから、国際弁護士ユアサが本番の緊張感を味方にするアドバイスとして、「フィギィア代表選手は勝負のときには、キャロラインの魅力に学べ!」と、心から宣言したいと思います。

 

間近に迫るソチオリンピックの開催国であるロシアは、フランスなどのヨーロッパ圏と歴史的・文化的・国際交渉的にも密接な関係にある、というのが欧米の常識です。
アメリカ駐日大使のキャロライン・ケネディは、本国はもちろん、ヨーロッパでも美のオーラを発揮し、スーパーセレブとしても有名。
もともとケネディ家は何人もヨーロッパの国々の大使を輩出してきた家柄です。昨年、キャロラインが大使になるのならぜひ我が国へ、というヨーロッパの国々からの熱烈なアプローチが本国アメリカにあったと伝え聞いています。
であるならば、ヨーロッパを惹きつけてやまない、輝くキャロラインの魅力を知ることこそ、日本のフィギュアスケート選手たちのソチでの存在感をさらに高めるのに役に立つのではと、彼らの熱いサポーターの一人としてアドバイスを送りたい、と思う次第であります。

 

そもそも、ロックフェラー・センターにある冬のアイススケートリンクが、ニューヨークが誇る国際的観光名所であることからも明らかなように、フィギュアスケートはもともと欧米を中心として、文化とスポーツをつなぐ、いわば「文化スポーツ」であるといえます。さらに、その背景には欧米社会の超がつく、スポーツ好きと社交ダンス好き①がある、とユアサは考えます。
ニューヨークでいうと、ウォール街の職場の集いでも、社交ダンスのインストラクターを20人以上招いて華麗なダンスパーティをしたり、ミッドタウンの有名なバレエのホールで楽団を頼んでライブ演奏を楽しみながら舞踏会を催したりします。そのときは、もちろんユアサもブラック・タイの礼装で出席いたします。これはヨーロッパでも同様です。

 

さらに、欧米のネット相談では、しばしば「自分は将来、フィギュアスケートか、社交ダンスか、どちらの進路に進むべきか迷っている」という欧米の10代前半の学生からの悩みをよく目にします。寄せられた回答を見ると、欧米の常識は、社交ダンスでフィギュアの名人になれるわけではないが、社交ダンスの習得は間違いなくフィギュアにもプラスになる、というものが多いようです。
日本の女性ファンがイケメン男子フィギュア選手たちと一緒にスケートできたら、と夢を描くことはあっても、もし舞踏会で「Shall we dance?」と誘われたらどうしましょう? とは、まず想像しないでしょう。ところが、欧米社会では社交ダンスにかなりリアル感が存在するのです。

 

社交ダンスが盛んなことで有名な国は、ヨーロッパではイギリスをはじめ、王室の伝統を有する国が多いようです。このことはNYフレッド・アステア・ダンス・スタジオで、ヨーロッパから来たコーチからユアサが直接聞いたことです。
アメリカは、そのイギリス文化の伝統を継承しているようですが、ヨーロッパと縁の深いロシアはバレエというダンス芸術の分野でも有名です。
ちなみにバレエといえば、キャロラインはアメリカが世界に誇る名門「アメリカン・バレエ・シアター」の発展に、母ジャクリーン・ケネディとともに、多大な貢献を長年にわたり積み重ねてきています。

 

社交ダンスもバレエも、とてつもない緊張感が伴います。
ソチオリンピックでのフィギュア種目が、世界最高峰の恐るべき緊張感の中で行われることは、欧米でも常識です。欧米メディアでは、フィギュアスケートは、「パーソナリティ(個性)の競技」としばしば呼ばれています。
テレビ中継で、「キス アンド クライ」で選手とコーチがスコアの発表を待つ瞬間は、まさにノンフィクションの人間模様といえます。欧米の友人たちとテレビを見るたびに思うのですが、「キス アンド クライ」のシーンに日本人以上に強く感情移入する傾向があるように思われます。
真剣勝負とともに、「キス アンド クライ」の喜怒哀楽が相まって、欧米でのフィギュア人気があるわけです。欧米という個人主義社会の文化に支えられた「ひとりひとりの個性への賛美」が、氷上の戦いを更に華麗にしている、とユアサは分析します。

 

そこで、冒頭で述べた「キャロラインの魅力に学べ」について、です。
ユアサの長年の親友・フォージャー弁護士を通じて初めて若きキャロラインと会ったとき、彼女の美しさに圧倒された話は以前もこの連載で記したとおり。
その容姿以上にキャロラインの魅力を挙げると、まずは弁護士としても編集者としても極めて腕利きであるということ。さらに、高潔さと温かいハートを持つ最高の人格者であることも、身近に彼女を見てきたユアサが保証するところです。
そして最も大事なところは、自身のパワーとハートを公共問題と政治の世界に献身的に捧げる、ケネディ家の伝統の中にキャロラインが生きている、ということだとユアサは考えます。

 

日本に来るまでキャロラインは、例えば、ニューヨークの教育関係の役所と、長年にわたり仕事をしてきました。ニューヨーク市の公立小中学校、高校をお付きの人もつけず、くまなく訪ねまわり、保護者や学生たち、職員らと語らい合い、その環境を向上させてきました。
しかも彼女の場合、「公共」の仕事に「献身的努力をする」というのは、生活万事「公共」に徹するということでもあるのです。ウォール街とマンハッタンの往復でも、キャロラインは車を笑顔で断り、日本の治安の良さとは比較にならないニューヨーク社会のリスクを承知で、「公共」地下鉄を利用しています。
そこまで「公共」に身を委ねる超美人スーパーセレブを、キャロライン以外にアメリカ社会の中で見つけることは難しい、とユアサは証言できます。
「人生とは捧げることであり、人生を生きるとは、公共問題と政治への献身的努力である」、それがキャロラインなのです。

 

そんなキャロラインだからこそ、アメリカだけでなくヨーロッパでも幅広い人気を勝ち得ているのでしょう。そのなかでも、とりわけ「献身的努力」という彼女の最大の魅力を、日本のフィギュア代表選手たちに日頃から意識してほしいと、サポーター・ユアサは考えます。
献身的努力の最中こそ人は気がつかないうちに緊張感を味方にしている、と長年国際交渉の修羅場を経験し、目撃してきた国際弁護士ユアサは断言します。
「キャロラインの魅力に学べ!」という意味は、いまこの瞬間のすべてをフィギュア競技に捧げる献身的努力を貫き通す強さを持つこと、それこそが欧米社会で「ひとりひとりの個性への賛美」を得る近道になるのです。

 

フィギュア選手が、ダイエットで体を絞り込み、スケーティングやジャンプの切れ味を磨きたいと、本番直前の時期に努力する場合を考えてみましょう。この過程で、フィギュア選手がキャロラインの「献身的努力」のように、人生そのものまでも競技自体に捧げようと深く認識すると、本番前のダイエットにせよ、本番の大舞台で味わう非日常的な極限の緊張感にせよ、どちらも実は人生の粋な隠し味の一つなのだ! と喝破できるようになるでしょう。

 

ソチオリンピックでは、日本のフィギュア代表選手が、各人の個性と人間的魅力を発揮し、フィギュア競技に対して全力の「献身的努力」を捧げることを心から願っています。
それができれば、緊張感を友とし、最高の栄誉を得られることを、国際弁護士ユアサは確信します。なぜなら、「献身的努力」の持つ素晴らしい価値とパワーを、ユアサはキャロラインを通して学んだからです。       (了)

 

① 社交ダンス好き
・・・・ちなみに、ユアサは、1986年のNYフレッド・アステア・ダンス・スタジオ新人大会で5種目優勝し、同年全米北東部大会の3種目で優勝しました。

関連カテゴリー: