福岡の糸島に来ています。3年ほど前に千葉から糸島に移住した友人が運営するシェアハウスにお邪魔しているのです。友人は20代後半で、移住のきっかけは3・11の大震災。それまではお金があれば何不自由なく生きていけると思っていたそうですが、お金があっても物が買えない状況に直面したことで「お金は万能ではない」と実感。お金の価値がなくなっても生きていける力を身につけるため、移住を決断したのです。
友人が住んでいるのは築80年、275坪のシェアハウス。仲間たちは着物の着付け師だったり、写真家だったり、音楽家だったり、日本酒の専門家だったり、料理家だったりと一芸がある人ばかり。それぞれが好きなことや得意なことを活かして助け合える暮らしを追求しています。具体的には“自分の暮らしを自分でつくる”ことを基本哲学とし、食べ物をつくる、エネルギーをつくる、仕事をつくる、の3つを日々実践するそうです。
食べ物をつくるとは、自分たちの食べ物は自分たちでつくるという精神です。米や野菜はもちろんのこと、お肉も決して家畜を持たず、自分たちが狩猟したものだけを食べるのです。イノシシが通る道に餌をまき、罠をかけ、そこに引っかかったイノシシをさばく。肉は焼肉や煮物にして内蔵はソーセージに。皮は鞄にし、油は軟膏や薬やキャンドルにするなど、ほとんど捨てずに使います。結果、1人当たりの食費は1カ月わずか2千円! 自分が食べるものはどうやって作られているのかを理解することで、食べるという行為の本質的な意味を見いだせている気がしました。
また興味深かったのは、エネルギーをつくること。太陽光パネル発電機をみんなで作り、庭で発電しながら仕事をするのです。やってみると、普段あたりまえのように使っているエネルギーを創り出すことがいかに難しいことかわかるとのこと。震災後、原発への批判が高まりましたが、以前はそれに依存して生活をしていたことも事実です。エネルギーを単に消費するのではなく、それがどのようにして作られているのかを深く理解し、その大切さを学ぶ。短い滞在でしたが、素晴らしい気づきをたくさんもらった旅でした。
さて、2015年は、みなさんにとってどんな1年でしたか。世界情勢をみると不安と対立の機運が高まり、対話ではなく暴力の連鎖が浮き彫りとなった1年だったような気がします。
フランスのパリでは2度にわたるイスラム過激派の攻撃がありました。1月には風刺画の出版社であるシャルリー・エブド社が襲撃され、11月にはパリ各地で同時多発テロが起き、たくさんの命が奪われました。両事件とも「イスラム国」によって引き起こされたとされていますが、背景にあるのは単なる西洋と中東の宗教的対立だけではなく、石油など中東の豊富な資源を巡る西洋諸国同士の利害の不一致だったように思います。
そして「イスラム国」の暴走は、日本にも大きな衝撃を与えました。ジャーナリストを含む日本人2人が拘束され、その映像がインターネット上に公開。日本政府に巨額の身代金が要求され、交渉が決裂すると、2人を殺害したとする映像がネット上で晒されました。ショックを受けた方も多かったと思いますが、中東やヨーロッパでの問題は対岸の火事ではなく、日本にも直接影響する可能性があるということがわかりました。
2016年はこうした対立や衝突を超え、世界がより融和的で慈悲の溢れる平和な1年になることを祈りたいと思います。そして、みなさんにも平安と幸せが訪れることを願います。
ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)
吉本ばなな
1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。