みなさんは「ギグ・エコノミー」という言葉を聞いたことがありますか。インターネットを通じて単発の仕事を受発注する非正規労働の経済を指しますが、これがいまアメリカを中心に大きな注目を集めています。もともとギグ(gig)という言葉は、1回単位の契約で演奏する音楽家の仕事が語源になっていますが、そうした柔軟な仕事のやり方がインターネットを活用することによって急速に広がっているのです。
たとえばタクシーに乗りたいと思えばすぐ来てくれたり、人に自宅の部屋を貸したり、買い物や掃除を代行してくれたりします。これらの仕事の受発注のすべてがスマートフォンのアプリを通じて常時仲介されているので、仕事を頼みたい人も仕事をもらいたい人も、お互いにとって都合のいい時間帯を選んで自由に利用できるというメリットがあります。需要に応じて必要なだけ労働力を提供することから、また自分の都合の良い時間に働いて収入が得られることからギグ・エコノミーは「オンデマンド・エコノミー(注文型経済)」とも呼ばれます。
特記すべきは、こうしたサービスを提供する側もサービスを受け取る側も、ほとんどがプロの業者ではない点です。プロではない一般の人たちや他に本業を持っている人たちが、空いた時間に余っている自分の労働力や自宅や自家用車といった自分の資産を通じてお金を稼ぐことができるということです。都合のいい時間帯だけを選んで働くことができるので副業に最適。主婦にとってもそのメリットは大きいといえます。
しかし、いっぽうでは懸念点も指摘されています。それは主に不安定な雇用形態からのものです。ギグ・エコノミーはある意味、日雇いのような非正規の雇用形態。働く側からすれば職の安定性に不安を感じ、報酬や待遇面での不満を抱くことが考えられます。特にギグ・エコノミーに従事している人たちのほとんどは非正規の契約であるため、雇用保険や最低賃金といった一般の会社勤めで受けられる恩恵を受けるのが難しい。こうした理由から、アメリカではギグ・エコノミーを展開するオンライン事業者が労働者から集団訴訟されるケースも近年増えてきています。
ギグ・エコノミーは働く人々にとって自由を与える救済主となるか、それとも労働者を搾取する巧妙な手法となるか。まだ定かではないですが、いずれにしても問題の焦点は、ギグ・エコノミーの労働者は「フリーランスか? それとも会社の従業員か?」という点です。見方によっては独立した個人事業主として見ることもできますし、または派遣社員のような非正規労働者として見ることもできます。おそらく両方混ざっているのが現状ですが、後者の非正規雇用の場合は行政側が対策を検討する必要がある気がします。
非正規労働には、常に雇用と収入の不安定性が付きものです。日本でも90年代以降に急速に拡大した非正規雇用問題がいまや大きな社会問題になっています。非正規労働者は正社員ではないため給料や待遇面で不利だったり、解雇も正社員に比べて比較的容易にされてしまう弱い立場にあったりするのが実情です。インターネットやスマートフォンの普及といった技術の発展によって、必要に応じて仕事をし、能力に応じて給料を得ることが以前よりも容易になりました。
そういう意味での雇用の柔軟性が確保されていくことはとても意味があることではあります。しかし同時に弱い立場にある労働者の雇用環境を整備し、その権利を保護するための多角的な対策を考えていくことが、求められていることではないかと思います。