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料理をするというのが、私にとってはいちばんのストレス解消法になっています。不意に訪れた離婚の後、途方に暮れ、持って行き場のない絶望の淵にいた私は、息子にご飯を作るという日常の行為の中でのみ、自分を保つことを覚えました。きっと、主婦の方々にも大なり小なり同じような経験があるのじゃないか、と考えます。

どこにもぶつけることの出来ない自分の気持ちを家族のために作る料理の中で昇華させていく。ある種の修行のような行為じゃないか、と。愛する者へ美味しいものを食べさせたい、という気持ちがその他すべての邪気をシャットアウトしてくれるのでした。

離婚を告げられた後の私は自分を保つためにこそ、料理をしていたように思います。

愛する我が子を育てたいという気持ちよりも先に、なんとか今の自分を保たねばという思いもあったのでしょう。だからこそムスコ飯に打ち込んだのだと思うのです。この悟りのための修行のおかげで私は自分を崩壊させずに済みました。美味しい、と息子が微笑みを浮かべるたび、私の心は少しずつ浄化されていったのです。苦難を乗り越える中に、料理がありました。

「いただきます」という日本語が大好きです。私と息子は毎日、日本語で「いただきます」と言います。これは、誰に対する感謝なのでしょう? 考えました。きっと食べ物を作ってくださった生産者への感謝であり、食べられるすべての生き物への感謝、我々の上にある天への感謝なのでしょう。フランスにはこのような言葉はありません。

フランスの家庭で使う「ボナペティ」は「良き食欲を!」という意味です。あるフランス人が教えてくれました。

「ボナペティはね、貴族に仕えていた貧しい奉公人たちが粗末な食べ物を無理して食べるときに使っていた言葉なんだよ。今でこそみんなが使うようになったけど100年前はみんなが使っていたわけじゃないんだ」

と。驚きですね。

日本語の「いただきます」の素晴らしさに感謝しながら、今日もムスコ飯レシピをご紹介いたしましょう。

真空調理鳥に続いて、今日は真空調理豚に挑戦してみたいと思います。誰が考えたのでしょうね、この低温真空調理法は素晴らしい。やわらかく、うま味を完全に封じ込めることが出来ます。何より、簡単なのが最高じゃないですか。

さて、材料:豚ヒレ肉500g、ベーコン2~3枚、油50ml、みりん50ml、酒50ml、薄切りしょうが数枚、塩・こしょう、粒マスタード大さじ2、はちみつ大さじ2、バルサミコ酢大さじ1、生クリーム、砂糖少々。ご飯、白菜適宜。

レシピ:ベーコンを豚肉にはりつけ、たこ糸でしばる。まんべんなく塩・こしょうをし、全面を炒め風味を閉じ込める。大鍋にお湯を沸騰させる。つけダレ(醤油+みりん+酒+しょうが数枚)の入った保存袋に豚肉を入れ、空気を完全に抜いて、閉じる(完全に空気を抜かないと豚肉が沈みません)。

お湯が沸騰したら、火を止め、3分ほど待ってから、そこに豚肉を放り込んで3時間程度放置、完全に火を通す。豚肉を保存袋から取り出し、残ったつけダレ3分の2程度を鍋で再加熱し、はちみつ大さじ2、バルサミコ酢大さじ1、粒マスタード大さじ2、生クリーム大さじ2、砂糖少々を入れて混ぜ、ハニーマスタードソースを作ります。

ベーコンと豚肉をミルフィーユ状に挟み、それをご飯、千切りの白菜の上にのせ、ソースをかけて完成です。ラーメンのチャーシューにも最適です。超簡単なのにほっぺたが落ちるほどに美味しい一品ですぞ。

ボナペティ。

エッセイで紹介されたレシピは、
辻仁成 子連れロッカー「希望回復大作戦」ムスコ飯<レシピ>で公開中!

辻仁成/つじ ひとなり

作家。東京都生まれ。’89年「ピアニシモ」ですばる文学賞、’97年「海峡の光」で芥川賞、’99年「白仏」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を受賞。映画監督、演出家としても活躍。現在はシングルファザー、パリで息子と2人暮らし。