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5月某日 北イタリア・パドヴァ

 

昨晩、夫の実家に泥棒が入りました。

『モーレツイタリア家族』という何年か前の私のエッセイ漫画でも、この“夫の実家”というのが通常の概念でいう“一般家屋”とは様子があまりにも違う、というネタで何話か取り上げていますが、何もないド田舎の畑の中にぽつんと建っているこの巨大なビックリハウスに、とうとう泥棒が侵入したのです。

朝、夫からその報告を耳にしたとき、入り口はおろか、中に入ったらどこをどう進んだらいいかもわからぬ迷路のような複雑怪奇な構造のあの家に侵入できた泥棒がいたということに、私はとにかく深く感心しました。

あの家はほぼ細部まで全てが、建築業者を信用しない舅アントニオの手作りです。バルセロナのサグラダファミリアではありませんが、元々彼の家族が所有していた広大な土地に放置されていた巨大な農家を30年以上も掛けて改造し、未だに完成には至っていません。そしていつ完成するのかも未定です。

エンジニアという職業柄なのか、とにかくありきたりのただの家は嫌だったらしく、彼のありとあらゆる発明のファンタジーが部屋の扉から階段に至るまで活かされており、暮らしている人間ですら、その意表を突かれる不便さや使いづらさにエネルギーを吸い取られてしまうのです。

たとえば階段。普通の階段なら横長の板で左右どちらの足で昇っても問題ありませんが、この家の階段は一段ごとに右用、次段には左用の、片側交互に真四角の板があるだけ。同じ段に両足で立てるようなスペースはありません。

何もかも極端に理詰めな解釈をするアントニオにとっては「階段を上がる時は、右左上下運動だろう? 階段の上に両足で立つなんてこと滅多にないんだからこれでいいんだよ」という解釈に基づいた斬新な階段なのですが、私は過去に2度ほどこの階段から落ちています。私は左右の感覚が上手く感知できないところがあり、頭で「右・左・右・左」と思って上がっているうちに平衡感覚がなくなって足がもつれて落ちてしまったのです。

それからこの家には数々の備え付けの収納があるのですが、かつてここで暮らしていた100歳近かった婆さんは、思わず手を触れた事で壁から突然飛び出して来た収納にぶっ飛ばされた事がありました。アントニオが知恵を絞って作り付けた、ワンプッシュ式壁収納だったのですが、強く押し過ぎるとそれなりの反発力で収納そのものが外側へ跳ね返ってくるので、とても気をつけなくてはいけません。

この家の地下にはアントニオの広大なエンジニアリングラボラトリーもありますが、彼は上の階とこのラボラトリーを行き来するためのエレベーターもこしらえました。しかし、このエレベーターが上の階で停止状態にあるのか、下の階に収まっているのかで、それぞれの部屋の大きさも変わってきます。かつて子供が遊んでいたサッカーボールが、下から登ってきたこのエレベーターと地下の天井の間に挟まって潰れてしまった事がありますが、たしかに分速30センチ程度の上下移動しかできない猛烈に速度の遅いエレベーターとはいえ、危険だということで今は使用禁止になっています。ちなみに、今はそのエレベーターの中にはアントニオがかつてあちこちから買い集めて来た30台の中古自転車が入っていて、それらの使用目的と用途は謎です。

イタリアの建築基準法がどういうことになっているのか全く不明ですが、日本に比べるとはるかに緩い事だけは確かです。