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6月某日 東京

私が運転免許を取得したのは今から25年前、真冬の北海道でのことでした。当時イタリアのフィレンツェで留学生活を送っていた私は、市街地から30キロも離れたトスカーナの、キジやハリネズミがうろうろしている山の中のボロ屋に引っ越して、そこから毎日バスに乗って学校まで通っていました。しかしそんな暮らしがあまりにも不便なので、免許を取りたいと、当時一緒に暮らしていた彼氏に相談してみると(イタリアで免許を取るのは日本よりも簡単だし、安いのです)、「君みたいな落ち着きのないおっちょこちょいが免許なんてあり得ない! 絶対に大事故を起こすからダメ!」と猛烈に反対され、止むを得ず雨の日も風の日も徒歩とバスをやりくりしていたのですが、その冬、日本に一時帰国をした際、うるさい彼氏がそばに居ないのを良いことに、北海道の実家の近くにある教習所に通い詰めて、こっそりと免許を取ることに成功したのでした。

教習所に通っていたときに、そこで再三教官から言われ続けたのは、北海道の人たちが運転する車はスピードの出し方や追い越しなど、道路が広いだけに他の地域よりもかなり横暴だったり大雑把だったりするので、それを充分に考慮するように、ということでした。講習で見せられる事故の映像の多くも北海道の特殊な道路状況が要因となっていて、その北海道ならではの事故の壮絶さを知ることで、これから運転免許を取ろうとするすべての人たちの意欲をそがれたのではないかと思います。

しかし、私は北海道で運転をするつもりで免許を取ったわけではありませんし、もし北海道で運転するとしても、遠出はしないから大丈夫と楽観していました。なので、当時大流行していた『私をスキーに連れてって』という映画でスキー欲をあおり立てられた東京の友人たちが北海道の私のところへ遊びに来たときも、近場のスキー場へ行くくらいならと気軽に車で出かけることにしたわけですが、凍った道路に軽い積雪があったその日、私は免許取得25日目にして、広い道路のカーブでスリップ事故を起こし、全治2か月の大けがを負ってしまったのです。

幸い同乗者の友人たちは軽症で済みましたが、車は大破。黙っていなかったのはイタリアに残していた当時の彼氏でした。呆れも怒りも通り越して、事故を告げる私の電話の向うで石みたいに固まっている様子が伝わってきました。

そんなわけで、こっそり免許を取得したのはいいものの、イタリアへ戻っても私はそれまでと同じように山の家と学校を徒歩とバスで通う日々を過ごしました。再び車のハンドルを握ったのは子供が生まれ、彼氏とも別れて仕事の為に日本へ戻ってからのことでした。小さな子供を乗せて車を運転していていつも怖かったのは、事故の怖さを知らずに運転技術を過信した人の横暴な“あの時の私”のような運転の車に巻き込まれる可能性であり、自分がいかに大きな事故のトラウマを背負って慎重な運転をしていても、そういう巻き込まれ事故は何時でも起こりえる、ということでした。

先日、北海道の砂川市で一家5人が死傷した痛ましい事故も、現場となった国道12号線は運転素行の悪い車も少なくなく、演奏旅行でしょっちゅう車を運転していた母も現役中は「あそこは暴走する車やトラックが多いから怖い」と避けていました。道路が広くて、しかもどこまでも真っ直ぐだと、こんなところで事故なんか起こりえないと運転手には思わせがちになるのかもしれませんが、その過信がやはり事故を招く大きな要因であり得るということは、自分の経験も踏まえて感じています。