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4月某日 東京

 

2012年から約5年半続けてきました『地球のどこかでハッスル日記』、今回で最終回になります。

 

連載開始当時、アメリカのシカゴに家族で暮らしていた私は、その2年前に刊行した『テルマエ・ロマエ』のヒットや実写化による余波で、それまでの生活のリズムがすっかり変わってしまい、仕事が忙しくなったこともさることながら、諸々の事情が起因となった出版社との齟齬や、日本の漫画業界のあり方を好意的に捉えられない夫との軋轢もあって、心身ボロボロになっていた時期でもありました。心底で毎日「漫画なんてもうやめる!」と叫んで過ごしていたのを、今更ですが思い出します。

 

あれから5年、息子はシカゴの高校からハワイの大学に進み、私たち夫婦は夫の実家のある北イタリアへ引っ越し、今に至っています。その間、毎週自分の周辺で起こっていた日常的なあれこれや、日本や世界の時事ネタなど自由気ままに綴ってきましたが、思えば本当にあれこれ慌ただしい5年間でありました。

 

そして、先の読めないこの目まぐるしい変化に満ちた人生は、私のことですからきっとこの先も続いていくのでありましょう。私としてはもちろん、もう半世紀以上も生きてきているわけですから、そろそろゆったりと悠悠自適な時間を過ごしたいという願望は持っています。ただ、人生というのは自分のことも周りのことも、決して思う様には進みません。そもそも私の人生なんて、考えてみたら自分の意志と決断で実践してきたことなど、殆ど無いのです。

 

“ヤマザキさんといえば、若いころから自由奔放に自らの意志と決断力で世界を渡り歩いて来た人”と思われがちですが、はっきり言っておきますと、「違います」。

 

14歳での初めての欧州ひとり旅も、17歳で単身イタリアへ絵の勉強に渡ったことも、シングルマザーになったことも、その後に今の夫と出会って結婚に至ったことも、世界の様々な街での暮らしも、漫画を描くようになったのも、すべて自分の意志によるものではありません。どれを取ってみても、何となくそういう流れになったので、「きっとそうしなさいってことなんだな」と逆らわずに受け入れてきたことばかりなのです。唯一自分の意志で叶えられたことがあるとしたら、それはイタリアの家に浴槽を設置したことくらいでしょう。要するに、私にはそうした流れに身を委ねるべきか止めるべきか、嗅ぎ分けができる感覚だけは備わっていた、ということなのだと思います。

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やりたいことなど思い浮かべる以前に、波乱万丈の出来事がたくさん起こる予感が

先日、ロンドンを舞台にした中年女性が主人公の映画の試写上映会がありました。そのトークショーに登壇した際、司会者の方から「ヤマザキさんもこれからまだあれこれいろいろチャレンジしたい、やってみたい! と思われることはありますか」という質問を受けたのですが、「ありません」と即答しました。なぜなら、私の今迄の人生のパターンを見ていると、やりたいことなど思い浮かべる以前に、きっとこれからも、間違いなく自分の願望や意志とは関係なしに、波乱万丈の出来事がたくさん起こる予感がするからです。

 

私は今後、それらのひとつひとつと向き合っていくことで、自分の持ち時間を使い果たしてしまうでしょう。その中には苦しいこともあれば嬉しいこともあると思います。辛いことも悲しいこともてんこ盛りになるでしょう。でも、人生っていうのはもともと都合のいいことばかり選り好みできるようにはできていませんし、別の見方をすれば、人間というのは余計な思惑や意識に囚われさえしなければ、実はきっとどんな問題が発生しようとそれを乗り越えていける力を持った生き物なのだということ。

 

私の母の世代の人間は、第二次世界大戦という不条理で過酷な事象の経験者であり、かつて暮らしていたシリアの音信不通になってしまった知人たちも、生延びているのか死んでしまったのか知りませんが、とにかく想像を絶する人生の顛末と向き合わなければならない宿命下に置かれた人たちでした。でも、歴史を学んでいて判るのは、人間の生態というのは何世紀も変わることなく、同じ愚行を繰り返し、同じ失敗を繰り返しながら成り立っているということです。そしてそんな時の流れの中に置かれていながらも、人間はそれぞれ自分が傷付かないようメンテナンスしながら、生き抜いていく力を発揮し続けてきた、ということです。

 

私の場合、このようなエッセイを頻繁に書き綴ることも、自分のメンテナンスのひとつと言えるでしょう。子供の頃に挑戦した日記は面倒くさくて1ページと埋めることができませんでしたが、仕事となると怠けるわけにはいきませんから、必ず何か書かなければなりません。そうすると、自分の考えも、自分のまわりのこともぐーっと距離を置いた位置から客観的に見えてくる。俯瞰であれこれ見えてくるようになる。道に迷った時、足下を見ていても自分がどこにいるのかは判りませんが、グーグル・アースのようにぐっと空の方向から下を見下ろす様に視線を持っていけば、自分の居場所ははっきり見えるのと同じ事です。

 

まあ、それでも身動きが取れずにうずくまってしまうこともしばしばありますが、お腹が空けば身体は勝手に立ち上がって動き出すものです。そんな時は、本能の判断に任せておけばいいのです。自分にとって一番何が必要なのかを判断するのは意志ではなく、普段活かされていない直感力だったりするものなのです。

 

そんなわけで、私はただ日々のあれこれや考え事をこの『ハッスル日記』に綴ってきたわけですが、過去のものを読み返してると、一見、波乱万丈に見られがちな私の日常も、実はそれらの殆どが私という人となりに適した出来事であり、自分の頭身以上でも以下でもない生き方だとういうのがよく判りました。理想や願望というレールの上を行かなければ、という意識がないから、レールから外れて慌てたり軌道修正する必要もない。そのせいで人がしなくても良い苦労もするけど、でもそれが周りの人が思うところの私の〝自由奔放さ〟なのだな、ということも改めて実感できました。

 

5年間だらだらと、特に気負うでもない徒然の文章を毎週書かせて下さった担当編集者の方たちには心より感謝しております。そして5年間このエッセイを毎週、または時々でも読んで下さった読者の皆さん、本当にありがとうございました。まだ今後もあちらこちらでエッセイを連載しておりますので、ご興味のある方は是非HPからアクセスして下さい。インスタやブログでも情報を随時更新しておりますのでそちらもご参考下さい。

 

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