_dsc8235「新しい担任の先生から、『翔子ちゃんはリーダーシップがあるから、それを活かすためにやはり心障者学級のある学校へ転校してはどうでしょう』と……。要するに『これ以上、見られない』という通告だったのです。同じ学校でも、先生によって考え方や方針はさまざまでした」

 新しい学年を迎えることを、母娘2人で待ちわび文房具なども新しく揃えていたさなか、思いがけない拒絶に、しばらく途方に暮れた思いで過ごした。

「学校へ行けないの?」

泰子さんは、翔子さんの問いに言葉が見つからない。

ダウン症だからといって、障害があるからといって、括られたくない。後々のことを考えると小学生の間は普通学級に通いたかった。

「四年生くらいになると他の子供はしっかりしてくるし、翔子が邪魔になることもあるのでしょう」そう言い聞かせ、心障者学級に転入させることにはした。しかし、『ビリの役目を受け持とう』と心に決め、理不尽なことがあっても、波風を立てることなくひたすら周りと協調することを心がけていただけに、何か割り切れない思いは残った。そしてあれだけの断固とした拒絶に深く傷ついてもいた。

 このとき、2人の心を鎮めたのは翔子さんが5歳から始めていた書道だった。翔子さんの存在そのものを否定されてしまった思いに駆られた泰子さんは、『何か実態を持たせてあげたい』という母としての意地もあった。最初はお友達ができれば、という思いだったが、書の道が開かれたとしたらこのときかもしれない、と泰子さんは述懐する。

 二七六文字の大作、『般若心経』の写経が始まった。

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