翔子さんに「願いごとは?」と尋ねたとき、すかさずそう答えてくれた。翔子さんは、珍しいくらい母思いなのだ。
「私はお母様の係なの」
といって、よく世話を焼いている。
泰子さんは朝、翔子さんの「お母様起きて」の声で起床。すでに翔子さんが朝食の支度を整えているという。泰子さんのベッドメーキングも翔子さんの係だ。掃除も洗濯も、手なれたもの。
夜、9時に書道教室を終えて、ダイニングルームに戻ると翔子さんが手料理で迎えてくれることもしばしばだ。
翔子さんは、泰子さんが作る料理を見よう見まねで、上手にアレンジしてしまう。カレーやハンバーグはお手のモノだ。
「カレーの隠し味にローリエと、コーヒーが欠かせません」
といって、取材当日も腕をふるってくれた。食後はすかさず「お母様、お薬飲んで」と、かいがいしい。
「マメな人間になるよう、小さなころからお料理もお掃除も何でもやらせたお陰で、いま私は楽をさせてもらっています。翔子はお嫁に行けないかもしれないので、このままずっと一緒にいられるのかな、ってそう思うと私のほうは幸せですよね」
以前は自分亡きあとの、翔子さんの行く末に思いをめぐらせ、不安で仕方がなかった。
「けれど、いまは、健常な人でも、他人の世話にならずに死ねるか否かはわかりません」
いまを精一杯希望を持って進むこと、そして誰か一人でもいいから翔子さんを見て希望を持ってくれるなら幸せなこと、と泰子さんはいう。
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