7月16日に衆院を通過した安全保障関連法案。著名人から批判の声が噴出するなか、「三毛猫ホームズ」シリーズなどで知られる作家の赤川次郎氏(67)が、その思いを語った。

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安倍内閣は戦後最悪の内閣です。安倍首相は国民の半数以上が反対しても「議論は尽くした」と強行採決しました。彼は、これまでも「積極的平和主義」という言葉を使って戦争を平和と言い換えてきた。そうした言葉を軽んじる姿勢に、作家として強い憤りを感じます。

 

昔の私は「作家は政治的な発言をすべきじゃない」と考えていました。主張は物語に込めればいいと。でも、このままでは日本は戦争へと流されてしまいます。だから、こうして発言しなければならないと思いました。

 

というのも、安倍首相は“武器を持つ怖さ”をまったく理解していません。

 

以前、彼は安保法案の必要性を「町内会の戸締り」に例えていましたが、カギと武器は違います。カギで人は殺せませんが、武器は人を殺めるためのもの。持てば周辺諸国との緊張が高まり、戦争に近づく可能性が高いのです。

 

そもそも今のご時世、何の大義名分もなく攻めてくる国はありません。そんなことをすれば世界中を敵に回すからです。つまり武器を持つことよりも、まず外交のバランスを考えることのほうが、自国の安全を保つ上で重要なのではないでしょうか。

 

なのに、現政権はグローバリズムといいながら自分の国のことしか考えていない気がします。そして「日本が海外からどう見えるのか」ということにまで考えが及んでいない。これは極めて危険なことだと思います。

 

私は終戦から3年目の1948年に産まれました。戦争体験を両親から直接聞いてきた世代です。そこには年号や死者の数といった机上のデータではない、“生の人間の声”がありました。

 

戦時中、両親は満州にいました。父は軍隊に行きませんでしたが、当時はすべてが国のために優先される時代でした。生活のなかに戦争が溶け込んでいる、そんな嫌な空気だったそうです。

 

終戦間際にソ連が攻めてくると、日本軍は追手が来ないよう橋を壊して逃げていきました。結果、取り残されて亡くなった日本人が大勢いたそうです。母はいつも「だから軍隊は嫌い」と言っていました。小学生ながらにそれを聞いた私は「戦争はみじめだ」と痛感したものです。

 

学校へ行くと、親を戦争で亡くした子もいました。戦後の貧しさも残っていて、ボロボロのセーターを着ている子や膝の破れたズボンをはいている子もいました。父親を亡くした家庭は、子供たちを養うため、お母さんが必死に働いていました。

 

泣かされるのはいつも一般市民、とりわけ女性や子供たちです。そうした戦争の悲惨さを、直接見たり聞いたりしてきた私たち世代が伝えていかなければなりません。

 

先の選挙で自民党が大勝したとき、こうなることは予想できていました。だから今回の強行採決に、さほど驚きはありません。ただ、これで終わりでもない。安保法案が通った今、私たちにできること。それは声を上げ続けることだと思います。

 

日本という国は、驚くほど政治家が責任を取りません。政府が無茶できるのも「既成事実化してしまえば、あとは何とでもなる」と考えているからでしょう。だからこそ、しぶとく反対して、責任を取らせる。ただ瞬間的に怒って終わるのではなく、静かな怒りを持ち続けるのです。

 

国家は、国民のためのものです。国民の意見を無視してないがしろにするようでは、もはや民主主義とはいえません。あくまで主権在民でなくてはならないのです。

 

私たちの世代が声を上げれば、若い世代にも響くかもしれない。そうして流れを大きくしていくことが、暴走する安倍政権を止める手立てとなる。そう信じ、これからも訴え続けたいと思います――。