今年6月、東京女子医大病院で、禁じられていた薬剤を投与された12人の幼い子供たちが死亡していたことが判明した。しかし、死亡事故は今回が初めてではない。13年前、世間を騒がせた「東京女子医大事件」で逮捕され、キャリアを失った医師が、自らの冤罪体験をもとに警鐘を鳴らす。このままでは医療事故が無反省に繰り返されるとーー。

 

「医療事故を明るみに出すことは、一見、正義の味方のように見えますが、医師個人に責任を負わせることが医療の安全性につながらないことは、WHO(世界保健機関)も発表しています。調査報告書作成においても、病院は現場の話を聞かず、責任を医師個人に押し付ける傾向があります」

 

かつて、東京女子医大で小児心臓外科を務めていた佐藤一樹先生(50)は語る。じつは佐藤先生は13年前の「東京女子医大事件」に巻き込まれた当事者だ。12歳の少女が心臓手術後に亡くなった医療事故で作成された内部報告書で、死亡の原因は佐藤先生のミスと指弾され、ついには業務上過失致死罪で逮捕された。

 

これを機に人生は暗転。突然、90日間の留置場と拘置所生活を強いられると同時に心臓外科医としてのキャリアを“抹殺”された。その後、7年間にわたる裁判で無罪を勝ち取り、現在は「いつき会ハートクリニック」(東京都葛飾区)で院長を務める。

 

「患者の人生全体を知ることが、治療につながる」という思いで、とにかく医者と患者のコミュニケーションを大事にした。患者との信頼関係が日ごろからあれば、仮にエラーがあったときにも、双方にベストの解決策が示されるはずだという、過去の事件を経ての教訓があるからだ。

 

「血圧が相変わらず高いようだけど。あっ、茨城出身なんだ。じゃあ、納豆をやめられないよね。わかりました、ほかの薬に替えてみましょう」。佐藤先生の言葉に、途端に安堵した表情になる中年の女性患者。

 

「血圧の数値だけを見て、薬を出すようなことはしません。納豆との組み合わせが悪い血栓の薬もありますが、患者さんの出身地によって、別の薬に替えてみたりします。無駄話のように見えて、患者さんの人生を知ることは非常に医療に役立つんですよね」

 

誤った報告書を作成した女子医大と病院長を相手取り損害賠償請求訴訟を起こし、’11年1月には和解、「報告書の誤りを認め衷心から謝罪する」という文言を引き出した。現在は医師の仕事と同時に、国の医療事故調査研究班のメンバーに選出され、ガイドライン作りに参加している。

 

「医療事故を刑事事件化すべきではないというのは、それによって真相が見えづらくなるから。真相が究明されなければ、エラーを教訓として生かせず、同じエラーが起きるのです。また、リスクの高い救急医療や産婦人科などの現場から医師がいなくなります」

 

「もっとも重要なのは医者と患者の信頼関係です。患者さんが納得いかず、『医者が何かを隠している』と思っても、コミュニケーションを取っていくこと。最終的に『先生、最後までありがとうございました』と、患者に納得してもらえる医療と人間関係が大事。そのためにも医師が安心して真実を語れるようなシステムを作らなければなりません」

 

また佐藤先生は、現在、話し合われている調査システムは第三者機関任せであり、検証に重要な現場の医師の言葉が聞かれぬまま報告書がまとめられることに反対している。このままでは同様の医療事故が起こると、佐藤先生は警鐘を鳴らし続ける。

 

「だって、医療事故に巻き込まれた僕だから言えることだから」

 

そうつぶやくと、午後に診察を待つ患者のもとへ、また駆けていった。

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