「しつけ不要」「見返りを求めてOK」という“脱・常識”の子育てを提唱する、男装をやめた東大教授の安冨歩さん(51)。中国は儒教の教えを基に、自らの実体験をふまえて語られる方法論は、決して机上の空論ではない。安冨教授の子育て論、その2。

 

――そもそも親というものは子どもに“無償の愛”がありますよね。その愛に従って子育てをしていれば問題ないのでは?

 

「まず、普通の人には無償の愛なんてものはないんですよ。子どもができた瞬間に自動的に母親になり、母親になった瞬間から“見返りを求めない無償の愛”を与えられるというのは完全に幻想です。多くの人は子どもを愛そうとすると、何かしらの心理的ブレーキが働き、愛が無償ではなく条件付きになるもの。そのときにブレーキに気がつくか、なかったことにしてスルーするかが子育ての大きな分かれ目になります。ブレーキに気がつける人は、自分がどんなことに抵抗感があるのか、その抵抗感が何に由来するものなのかを考えることで、初めて子どもを愛せるようになるんです」

 

――先生のおっしゃる「愛」は、簡単ではなさそうですね。

 

「もちろん親御さんも一生懸命に愛していると思います。でも、愛しているつもりになっているだけで本当の意味では愛せていない方も多いんです。なぜなら、自分が親に愛されていない人が多いから。自分が親に愛されていないのに子どもに愛を与えるなんて無理のある話じゃないですか?」

 

――逆に考えると、親に愛されている人は、子どもも自然に愛せるんですね。

 

「そういうことになります。ただ、実は親のことを恨んでいる人ってけっこういるんですよ。私自身、自分がこんなに親を恨んでいるなんて夢にも思っていませんでしたし(笑)。頭では親も大変だったんだろうし、と理解できるのですが、自分の中に不満や怒りがあることに変わりはない。そのようにまず“わだかまりがある”という事実を認めることが大切です。自分が親にされて腹が立っていたら子どもにそれをしたくありませんよね?だけどひどい目にあったという自覚を持っていないままだと、悪気はなく同じひどいことをしてしまうものなんです」

 

――不平不満を両親にぶつけたんですか?

 

「ええ。『子ども時代は毎日楽しくなかった!』などと伝えたら『そんなことはない、お前は楽しそうにしていた』と言い返されがくぜんとしました。私の感情をなぜあなたたちが決めつけてしまうんだ、と。元の妻との離婚を妨害されたときは、精神的に追い込まれ危うく自殺をするところでした。このまま付き合いを続けたら自分の身が持たないと判断し、両親との縁を切りました。そんなふうに抑圧していた無理を開放したことによって、徐々に本来の自分を取り戻していったんです」