「今でも覚えているんですけど、インターネットを自宅につないだ瞬間に、興奮して2階のアパートからテレビを投げ捨てたんですよ。『俺は新しい世界で模索しながら生きていく!』と決意したんです。テクノロジーが社会を前に進めるし、アートなどの文化が人類の価値観を変える。とにかくデジタルのテクノロジーとアートを使った仕事をしようと思ったんです」

 

そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第42回のゲスト、チームラボ代表・猪子寿之さん(38)。今、日本でもっとも勢いのある会社のひとつ、チームラボ。斬新なアイデアとデジタルテクノロジーを駆使したアート作品を作り続けている。その“ウルトラテクノロジスト集団”を率いる猪子さんのオフィスに中山がお邪魔しました!

 

中山「東京大学(工学部応用物理・計数工学科)在学中に、チームラボを立ち上げたんですよね?」

 

猪子「卒業が近づいてきたけれど、どこかに就職する気はなかったので、大学卒業を機に友人たちと5人でスタートさせました。でも、その友人の親は『自分の息子がカルト宗教にでもだまされたんじゃないか?』って乗り込んできましたけどね(笑)」

 

中山「新しい分野ですから、説明が難しいですよね。当初からビジネスは軌道に乗っていたんですか?」

 

猪子「いえ、全然ダメでしたね。ソフトウエアや検索エンジンを作ったり、アート作品にも取り組んでいたんですが、まったくお金にならなくて。知り合いから頼まれたホームページ作成などで、数珠つなぎのように仕事をしてはそれがきっかけで新しい仕事を紹介してもらって、少しずつ仕事として成立していった感じです。20代はずっと金がなかったですよね〜」

 

中山「やりたいことはやれていたんですか?」

 

猪子「テクノロジーとアートは会社として大切にしていたので、金にはならないけれど、先端技術を使ってアートは創っていたんですよね。村上隆さんに『海外でやったほうがいい』と勧められて、’11年に台北で小さな個展を開いたのがきっかけで、少しずつ評価してもらえるようになりました」

 

中山「逆輸入的に日本でも知られるようになったんですね。海外でウケた理由は?」

 

猪子「新しいことをやったということで、海外では評価する人たちもいたってことなのかな。これまでずっと周りの空気を読まずに生きてきたので、マイウエーでよかったとは思います」

 

中山「日本では前例がないことをしても、認められにくい。世界で評価されたものを日本は評価しがちですからね」

 

猪子「そうなんですよね。日本は江戸時代と明治時代を境に、まったく違う社会になりましたよね。今の情報社会も時代の変わり目で、明治維新くらいの違いがあると思うんです。だから、江戸から明治に移り変わったときに、その時代を生きていた人々がどのように世界を捉えていたのか、何を考えていたのかということに興味があるんです。近代と相性が悪かったばかりに切り捨てられたものもある。その切り捨てられたものの中にも、新しい社会のヒントになることがあるんじゃないかと思って」

 

中山「猪子さんはまさに時代を切り開くパイオニアですね。仕事観を知りたいですね」

 

猪子「本来人間って、人の権利を奪うこと以外は、何をしてもいいと思うんです。大げさに聞こえるかもしれませんが、今はパソコンがあれば、お金がなくても何でも創れてしまいます。自分が創造したもので、人が喜べば、それは仕事になると思うんですよ。そんな感じで仕事というものをもっと自由に捉えてほしいですよね」

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