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「夫は、何が何でも辺野古に基地は造らせません。万策尽きたら夫婦で一緒に座り込むことを約束しています!」

 

沖縄・辺野古。米軍「キャンプ・シュワブ」のゲート前で、マイクを握った女性のこの言葉に、新基地建設反対を訴え座り込みを続ける人々からは、ひときわ大きな、歓声と拍手がわき起こった。

 

この日、辺野古に姿を見せたのは、沖縄県知事夫人・翁長樹子さん(60)だった。

 

’15年は、長引く辺野古問題が新たな局面に入った年だった。政府と沖縄県の対立はついに法廷闘争に持ち込まれた。一方で、県民と基地が直接対峙するゲート前の現場には、警視庁の機動隊員が送り込まれ、資材搬入を巡る攻防は日ごと、激しさを増している。そんな、時にけが人まで出る抗議活動の最前線に、現職知事の妻はいたのだ−−。

 

本誌は昨年末、ちょうど翁長雄志知事(65)の就任1周年というタイミングに、沖縄に飛んだ。翁長知事を間近で支え、ともに平和な島を取り戻す闘いを続ける女性に話を聞くために。

 

「辺野古のゲート前には全国から人が来てくれて、県庁にも『応援してます』って東北からお米が届いたり。少しずつ全国にも、また、世界にも支援の輪は広がっているといううれしい実感はあるんです。その一方で『どうして?』『なんで伝わらないの?』という思いもいまだにあるんです。いま辺野古に造ろうとしているのは、移設じゃないんです。新基地です。耐用年数200年という新しい巨大な基地を建設しようとしているんですよ」(樹子さん)

 

さらに樹子さんは「報道内容がまるで違う、と言及された沖縄の地元紙に一度、目を通して見てほしい」と話す。

 

「報道内容が違って当たり前なんです。なぜなら戦後70年もたったというのに、沖縄ではいまでも工事すると、山ほど不発弾が出てくるんです。すべての不発弾を処理するのにあと70年もかかるんです。そういう、沖縄が日常的にずっと抱え続けている問題を、なかなか理解してもらえないのは、本当にもどかしいです」

 

この数年、沖縄の置かれた状況は以前にも増して苦しい。辺野古問題はその最たるものだが、それ以外にも集団自決を巡る教科書検定問題、普天間飛行場へのオスプレイ配備……。樹子さんは「はっきりと差別されていると感じる」と、怒りをあらわにする。

 

そんななか翁長知事がかつて「豊かさか誇りか」で争った保革の壁を破るために打ち出したスローガンが「イデオロギーよりアイデンティティ」だった。そして一昨年。翁長知事は各党派から推される形で知事選に立候補。オール沖縄を謳い、仲井眞前知事に10万票の大差をつけて圧勝した。

 

「私ね、その知事選では1本の電話もしなかったの。三十数年、翁長と選挙をやってきましたけど。選挙戦で投票をお願いする電話をしなかったのは初めてだった。私の旦那だから入れてね、じゃなくて、沖縄をどうしたいかで投票してもらいたかった。でもね、辺野古の新基地は象徴でしかない。本当は、基地全部返してって言いたい。でも、それは非現実的だってことはわかってる。だからこそ、翁長も自分の使命は、とにかく辺野古を止めることなんだ、と。そのために政治生命を懸けると言ってるんです」

 

最後に夫にこの先何を期待するか、と聞くと、樹子さんはこう語ってくれた。

 

「もう、言うことは何もない。知事選に出るときに、あの人は『ぼくはピエロになるかもしれない』って言ったの。一歩間違えば、保革双方の支援者が離れていくって。でも彼は『自分はそれでも構わない』とも。もっと言うとね、私言ったの。『あなた、殺されちゃうかもしれないよ』って。それでも翁長は『それもしょうがないと思ってる』って。だからね、そこまで覚悟決めた人間に、私がああなれ、こうなれなんて、もう言えないのよ、何も」

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