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女性のさらなる社会進出と、平等とはとても言えない待遇の改善を期して「男女雇用機会均等法(以下、均等法)」は施行された。それから30年。この春からは「女性活躍推進法」もスタート。あのころと今、何がどう変わったのか?そして、働くことの幸せは?均等法元年に入社した第1期生アナが語り尽くす。

 

参加してくれたのは、1986年フジテレビ入社・阿部知代(52)、同年フジテレビ入社・岩瀬惠子(52)、同年テレビ朝日入社・雪野智世(52)の3人だ。

 

雪野「均等法第1期生で会社に残っている女性はそういないよね。大学で私たちより何十倍も勉強ができた人たちはメガバンクや商社に就職したけど、男女格差もあって、みんな結婚して辞めてしまった。頭のキレる女性ばかりだったのに、もったいない」

 

岩瀬「広告代理店に入った同級生は、結婚後も仕事を続けていたけど、子どもができたときに、『保育園にほとんどの給料が費やされてしまう。働く意味があるのかな』と言って、結局辞めちゃった」

 

阿部「女性が結婚しても退社しなくてもいい環境は整いつつあるけど、出産、子育てとなると話は別だよね」

 

岩瀬「3つ上のアナウンス室の先輩が、出産して戻ってきたことがあったよね。でも子どもが熱を出すと、保育園から呼び戻される。それを伝えられた男性社員は『はあ!?』という反応。さぞかし言いづらかったろうなと思うけど、その先輩は、これから子どもを産む後輩のためにも言わなきゃいけないと……」

 

雪野「そうやって先駆者たちが積み重ねてきたことってあるよね。今、待機児童が問題になっているけど、私も43歳で子どもを産んだときは、保育園に入れるまでが大変で。ベビーシッター代だけで毎月10万円近くかかるからね。こういう状況は30年前からあまり変わっていないのかも」

 

阿部「親の介護を抱えている人も少なくない。これからも働く女性にとっては問題が山積みだよね」