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女性のさらなる社会進出と、平等とはとても言えない待遇の改善を期して「男女雇用機会均等法(以下、均等法)」は施行された。それから30年。この春からは「女性活躍推進法」もスタート。あのころと今、何がどう変わったのか?そして、働くことの幸せは?均等法元年に入社した第1期生アナが語り尽くす。

 

参加してくれたのは、1986年フジテレビ入社・阿部知代(52)、同年フジテレビ入社・岩瀬惠子(52)、同年テレビ朝日入社・雪野智世(52)の3人だ。

 

岩瀬「『トゥナイト』(深夜番組)のアシスタントで、雪野は体当たりリポートをしていたけど、それまでの女性アナにはなかった分野。かっこいいなと思って見ていたよ」

 

雪野「水着になって温泉や湘南でロケしたこともあったからね。女性アナに水着を着せるなんて、今ならありえないけど、会社も好きなようにやりなさいって。それなら水着を買ってくださいと言ったら、年に3着買ってくれたんだ。休みもなくて大変だったけど、それでも楽しかったなあ」

 

岩瀬「アベチヨも当時は、男性アナウンサーの仕事だった“ワンショットニュース(1人でニュースを読む)”を、フジテレビでは女性として初めてやったんでしょう」

 

阿部「週末朝の定時ニュースのアナウンサーを探していたから『女性でもやります。やりたいです!』と、報道局長に直訴したの。露木(茂)さんには『もし失敗したら、今後女性アナがニュースを読むことはないと思えよ』とプレッシャーをかけられたのに、寝坊してスッピンでニュースを読んだこともあったな(笑)」

 

雪野「惠ちゃんは25歳で結婚したけど仕事を続けたよね。驚いたのは、ニューヨークへの単身赴任。『オレたちひょうきん族』のイメージが強かったから、海外でニュースをきちんと読めるか心配したよ」

 

岩瀬「NYに赴任するアナウンサーが決まっていないという話を聞いたのは、私が担当していたお昼の情報番組が終わるころ。でも既婚者の女性アナウンサーは候補にも挙がっていない気配。結婚が足かせになっているのは納得いかないと思っていたら、アベチヨが『行きたいなら直接言いなよ』って、背中を押してくれたんだよね」

 

阿部「言った気がする」

 

岩瀬「そこで結婚が理由で私を排除することはやめてください、と上司にかけあったの。そうしたら翌日には海外赴任が決まったんだな、これが」

 

阿部「入社当時は『アナウンサーは腰掛けで〜す』なんて言っていたわりには、既婚女性アナの仕事の幅を開拓した1人なんじゃない!?」