沖縄というと、時間がゆったり流れる島というイメージがある。しかし、20年間も暮らしてきた居住者には違ったふうに見える景色もある。
たとえば県庁のある久茂地周辺のビジネス街。交差点を渡る人や歩道を歩く人たちの姿は昨今、ずいぶん気ぜわしくなった。うまく歩かないと肩と肩がぶつかりそうになることもあるぐらい急いているように見える。
世界一の歩行スピードといわれる大阪で生まれ育った僕にはむしろ歩きやすくなったのだが、速度がじわじわ近づいてきているという感覚はあまり気持ちのいいものではない。
戦後の焼け野原から目覚しい復興を遂げたことから、奇跡の一マイルと呼ばれる国際通りもしかり。こちらは歩く人たちそのものが入れ替わっている。
少し前までは学校帰りの女子高生、乳母車を押しながら歩くお年寄りや赤ちゃんを負ぶったお母さんたちが闊歩する姿を見かけたものだった。
が、いまや往時のようではない。どこもかしこも同じお土産品を並べ、けたたましい大音響で琉球民謡を流す店も増え、なんとも品のない観光通りに様変わりしている。
道路の混雑も凄まじい。沖縄本島を縦貫する国道58号線やひめゆり通りは通勤時間帯以外でも遅々として進まない渋滞が毎日のように発生しているが、近年は近郊の浦添市や宜野湾市まで渋滞箇所が広がっている。
国土交通省から発表されたデータによると、渋滞時の移動速度を計測した調査で、東京23区が時速15.7km、大阪市が16.3km、名古屋市が17.1kmに対し、那覇市は時速12.9km。いつしか那覇が日本一の渋滞王国になっていたのである。
理由は明白で、車がやたら多すぎるのだ。2013年度の県内自動車保有台数は約105万台。これは日本に復帰した1972年の5倍以上で、沖縄ではすでに車は一家に一台ではなく、一人に一台が常識になっている。
街の風景が変われば人間の風景も変わってしまうのか。
沖縄には「ウチナータイム」がある。時間にルーズなことを意味する「沖縄語」で、具体的に説明するとこうなる。
「私などは七時の約束だと、だいたい七時に家を出ます」(『おきなわキーワードコラムブック』まぶい組編・沖縄出版)
地元の人によるウチナータイムの解説だが、悪びれたところは微塵もない。むしろすっきりしている。
ところが、そのウチナータイムでさえも、最近ではあまり聞かなくなっている。内地資本の企業進出などによって「企業内の内地化」が進み、沖縄も時間に縛られるようになったのである。
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この記事は仲村清司氏の近刊「消えゆく沖縄~移住生活20年の光と影~」(光文社新書)より引用しています。