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「事前に、『昔のサムライはにじり口から入るために刀を外した。“茶室ではどんな人間も平等である”という、千利休の説いた茶の湯の精神なのです』と説明しますから、みなさん、何としてでもにじり口から入ろうとなさいますね。ズボンがひっかかって、お尻が半分出てしまったお客様もいらっしゃいました(笑)」

 

ふんわりと柔らかくほほ笑むのは、茶道家・竹田理絵さん(51)。茶道の魅力を世界に広めたいと、竹田さんが東京・銀座に「茶禅」を設立したのは、’14年9月。日本人はもちろん外国人観光客に茶道体験プログラムなど、日本の伝統文化を提供する事業を行っている。

 

’14年に初参加した「ワールド・ティー・エキスポ」で、竹田さんのお茶のデモンストレーションは評判を呼び、その後、パリをはじめ、中国の厦門、バンコク、ロンドン、ミラノなど、各国の見本市や博覧会でお点前を披露。驚いたことに、竹田さんは「ゲリラ茶会」と称して、訪問した国々の路上でもお茶会を“開催”してきた。

 

「もともと私はアウトドアが好きなんです(笑)。路上に毛氈と傘を持っていって、ポットのお湯でお茶を点て、道行く人たちに、『ジャパニーズ抹茶、いかがですか』って。たくさんの方が興味津々で召し上がってくださいます。そうそう、ロンドンでは、おまわりさんから『何してる?』ととがめられそうになりましたが、『ジャパニーズ・ピクニックです』と答えたら、笑って行ってしまいました」

 

昨年4月、首脳会談のために来日したエストニア共和国の首相が銀座の茶室を訪れた。しかし、VIPを前にしても、竹田さんはいつものように無心にお茶を提供するだけで緊張することはなかったという。

 

「点てたお茶を楽しんでいただこうという気持ちは、どの方にも同じですから」(竹田さん・以下同)

 

以前、ロサンゼルスのロングビーチで“路上茶会”をしたときには、こんなことがあった。海岸のベンチに毛氈を広げて準備していると、そのベンチの“住人”なのか、初老のホームレスの白人男性が近くで見ていたのである。

 

「でも、何かが始まると気がついて、自分のような者がいたら申し訳ないという感じで立ち去ろうとするんですね」

 

そんな彼を、竹田さんは「日本のお茶です。一服いかがですか」と呼び止めた。男性はけげんな顔をした。伸び放題のヒゲで塞がりそうな口元をモゴモゴさせ、「自分なんかにいいのか?」と言う。

 

竹田さんはいつものように、自分が点てることのできる最高のお茶を入れるために、一心に茶筅を振った。彼はヒゲをかきむしりながら、黙って見つめている。やがて奇麗な泡が一面に立った抹茶が入った茶碗を竹田さんが差し出すと、おずおずと受け取って一口飲んだ。

 

すると、それまで険しかったホコリだらけの彼の顔がみるみる柔らかくなり、満足そうな表情で「うまい……」と漏らしたという。小声で「サンキュー」と告げて去っていく彼に、竹田さんは深々と頭を下げて見送った。

 

今年10月27日、竹田さんは東南アジアの王国、ブルネイに招かれた。王の即位50周年を祝う式典のティーセレモニーで、300人の招待客が見守るなか王女にお茶を点てた。翌日には宮殿の晩餐会に招かれ、元王妃にお茶を一服差し上げたのである。

 

王女は「こんなにおいしいお茶は飲んだことがない」と感激し、元王妃からは「そのお点前は、まるで舞をみたような気がします。とても美しく厳粛なものなのですね」との言葉をもらった。

 

「日本の伝統文化の茶道をたくさんのブルネイの方々にご覧いただいたこと、おいしいお茶を点てることができましたこと、ただただうれしくホッとしました」

 

さすがに今回ばかりは竹田さんも緊張したのではないだろうか。

 

「いえ、お茶を点てるときは、どんなに豪華な宮殿であっても路上であっても、私には変わらないです。そんなこと言ったら、怒られてしまうかもしれませんけど(笑)」

 

誰もが心を開き、フレンドリーになるお茶の心は、これからも世界へ“輸出”されていく。

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