2011年3月11日、宮城県石巻市で「日和幼稚園」の送迎バスに乗っていた5人の園児が津波の犠牲となった。そのうちの4遺族による損害賠償請求で、今年9月17日、仙台地裁は園側が「安全配慮義務」を怠ったとして、約1億7千700万円の支払いを命じた。

 

裁判の争点は、幼稚園による情報収集義務、津波の予見可能性についてなどだったが、ことごとく「予見できなかった」という園側の主張を地裁は退け、被告に賠償責任があるとした判決だった。

 

「判決は原告の主張を全面的に認めてくださったもので、『よかった』という思いです。でも、だんだん落ち着いてみると、あの日、どういう状況で、なぜ園長がバスを出してしまったのか……。私たちがいちばん知りたかったことを、最後まで園側は明らかにしてくれませんでした」

 

そう悔しさをにじませるのは原告の1人である、佐々木明日香ちゃん(享年6)のお母さん・めぐみさん(34)。めぐみさんが釈然としないのは、園バスが幼稚園より海側にわざわざ向かい、その後、小学校で十数分間も停車し続けたこと。

 

「小学校で子供さんを引き取った数名の親御さんに聞き込みをすると、大津波警報を聞いてみなさん階段を駆け上がったそうなんです。それなのに、子供たちが乗ったバスは高台の園に戻りませんでした。車が渋滞していれば、走ってでも逃げられたはず……」

 

震災当時から園側には一貫として不信感を持っていた。震災翌日、明日香ちゃんの祖母・市千代さんは腰まである泥水をかき分け、幼稚園を訪れている。

 

「園長先生は『おばあちゃん、ごめんなさい』って謝って。『地震で倒れた家の下敷きになって、バスの中で亡くなりました』って、事実と反する説明をするんです」(市千代さん)

 

そればかりではなかった。遺体が見つかった14日、園長に案内されたのは、幼稚園バスとはまったく無関係のワゴンだったという。

 

「ほとんど現場を確認していない証拠ですよ。私たちはそのワゴン車を、孫たちが苦しんだバスだと思い込み、明日香の好きだった卵焼きやジュースをお供えしたのに……」(同前)

 

その後の園の説明や対応も、めぐみさんら遺族が納得のいくものではなかった。このような不誠実に感じる園の対応が“このままでは真実は語られない”と、裁判へと発展させたのだった。

 

「いつも帰りのときはハイタッチするなど、明日香が大好きだった園長先生や、幼稚園を訴えるなんてしたくなかったんです」(めぐみさん)

 

提訴にあたっては、周辺から「予見できない津波だったんだ。幼稚園を訴えるなんて、なんて親なんだ」という批判的な声も遺族の耳に届き、傷つけられた。

 

明日香ちゃんの部屋にある、震災翌日には背負うはずだったパールブルーのランドセルも、両親の涙を誘うのだった。悲しみに暮れる両親の思いを知ってか、明日香ちゃんのお姉ちゃん(13)は今年3月、小学校の卒業式前の2日間、このランドセルを背負って小学校に通った。

 

「明日香は一回も小学校に行けなかったから、ランドセルだけでも私が連れて行ってあげるからね」

 

裁判に大きな風が吹いたのは、園バスが津波に巻き込まれた現場を裁判官らが視察したことだった。そして勝訴に至った日、めぐみさんは、さっそく明日香ちゃんの墓前に報告した。

 

「『よかったね。安心してね』って。ただ手放しで喜べる気持ちではありません。私たちは、この裁判のことを、子供を預かる教育機関に知ってもらって、防災教育の見直しをしてもらいたいんです」

 

津波の犠牲になった子供たちのためにも“大人の責任”を明確にしなければならない。