「もし原発のなかに、この土地くらいの汚染源があったら、作業員は防護服にヘルメット、顔全体を覆うマスクを着用させないといけません。ホコリが立つ場所では、酸素ボンベも必要になるくらいの高レベルの汚染なんです」

 

こう語るのは、元東電社員で、「放射線管理者」を務めたこともある桑原豊さん(58)。桑原さんの言う「この土地」とは、福島県南相馬市の旧・特定避難勧奨地点がある8つの行政区のこと。「年間の被ばく線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがある」として、’11年6月から政府の原子力災害現地対策本部が定めた避難エリアのひとつだ。

 

政府は昨年末、この地域を「放射線量が年間20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)を十分に下回った」として、まだ早いという住民の声を無視して一方的に勧奨地点を解除。今年3月で精神的慰謝料ひとり分、月10万円も打ち切った。

 

「特定避難勧奨地点」に指定されていた行政区の住民たち132世帯534人は「20ミリシーベルト基準での解除撤回」を求めて4月17日、政府(原子力災害現地対策本部)を相手どり、東京地裁に提訴。勧奨地点解除の取り消しや慰謝料ひとり月10万円の支払いなどを求めている。弁護団の福田健治弁護士は、違法性をこう指摘する。

 

「一般人の年間被ばく量は法令で年間1ミリシーベルトと定められています。政府が参考にしているICRP(国際放射線防護委員会)の勧告にも、原発事故などの緊急時のあとは、年間1から20ミリシーベルトの間で、なるべく低い数値を選択するべきだと記されています。なのに、いちばん高い20ミリシーベルトを解除の基準にするのは明らかに違法です」

 

裁判で20ミリシーベルトの違法性が認められれば、今、政府が進めている帰還政策はすべて覆る。記者は4月下旬、桑原さんに同行し、南相馬市の旧・特定避難勧奨地点のある行政区を訪れた。

 

Sさん(女性・72)宅は、勧奨地点に指定されなかったが、畑の測定をしたところ、地表面で毎時6マイクロシーベルトを超えた。「除染業者は、昨年末までに農地の除染をすませると言っていたのですが、まだ終わっていません」(Sさん)。後日、南相馬市の農地除染課に問い合わせると、「南相馬市全体で農地の除染がすんでいるのは約4割」とのこと。

 

次に訪ねたのは、自宅が特定避難勧奨地点に指定されていた林マキ子さん(66)。避難解除されて5カ月たった現在でも、南相馬市内の仮設住宅で孫と暮らしている。「できれば自宅に戻りたいですよ、でもね……」。林さんの自宅を桑原さんが測定してみると、母屋周辺は、地表面で毎時0.3〜0.6マイクロシーベルト。納屋の前は、地表面でなんと毎時10マイクロシーベルトを超えた。「やっぱり、この数値では帰れません」(林さん)。

 

そもそも、なぜ勧奨地点の解除基準となる毎時3.8マイクロシーベルトを超えるほど高い場所があるのに解除されたのか。桑原さんは指摘する。

 

「行政の測定方法がいい加減なんです。彼らが測るのは、玄関先と庭先の1点ずつ。しかも、地上から50センチと1メートルのみで地表面は測りません。それで、毎時3.8マイクロシーベルトを下回ったといって解除するんだから話になりません」

 

汚染地に住民を帰らせて、サッサと賠償を打ち切りたい政府に対し、司法は待ったをかけられるか、注目したい。

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