東京チカラめし社長が語る「1年半で120店」急成長の理由

激動の政界同様、牛丼界も勢力図が大きく塗り替えられつつある。その台風の目が”焼き牛丼”を看板メニューに掲げる「東京チカラめし」だ。昨年6月の1号店オープン以降、怒涛の出店攻勢で今年9月に100店舗を突破、11月末で120店舗に到達している。

45年後には1000店舗だ、と社員にハッパをかけているんですよ」と語るのは、三光マーケティングフーズの平林実社長(62)。同社は「東方見聞録」で個室居酒屋ブームを巻き起こし、270円均一で大人気の「金の蔵Jr.」などを運営する居酒屋業界の雄だ。

チカラめし誕生には昨年の震災も関係しているという。「震災が起き、この日本には何が必要かと考えたとき、それは『チカラ』だと。なんとか日本を元気にしたいという願いを込めて命名したんですよ」(平林社長)

じつは平林社長、牛丼には深い思い入れがある。同社のルーツは社長が’75年、東京・神田のガード下に開いた定食屋「三光亭」だ。’76年には三光亭を牛丼専門店にし、当時急成長していた吉野家のようなチェーンに、と挑戦したことがあったのだ。

「その後居酒屋へと変わるんですが、ずっと牛丼を、日常食をという気持ちはあった。チカラめしの当初の280円という思い切った価格は、当時三光亭で出していた牛丼の値段と同じなんです」(現在の価格は店舗により異なる)

三光亭の牛丼が30年以上の年月を経て熟成、昇華したものがチカラめしの焼き牛丼なのだ。焼き方は企業秘密。自社開発の専用オーブンで網焼きし、2分半で仕上がる。チカラめし誕生後、大手牛丼メーカーがこぞって”焼き”メニューの販売を開始したが……。

「うちのような専用の網焼き機械がないと同じようには焼けません。そもそもチカラめしは既存の牛丼界に参入したとは思っていません。同じスタイルでは競争に巻き込まれるだけ。だからうちは”焼き”で差別化をはかったわけです」(平林社長)

カウンターには紅しょうがではなく、寿司屋にある”ガリ”が置いてある。サイドメニューも「ちょこっとカレー」や「マヨネーズ」ほか豊富だ。社長が試して、イケる!というチョイ足しレシピがどんどんメニューになるという。

この強烈なオリジナリティがあれば、社長の言う「1000店舗」もあながち夢ではなさそうだ。

(週刊FLASH1218日号)

 

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